デイヴィッドの侍女
デイヴィッドがアメリカへ帰国する前の夜。デイヴィッドに与えられた客室の寝室で、デイヴィッドの侍女が何度も同じ提案を繰り返している。
「今しかチャンスはありません。サラ様を取り返し、
今を逃せば一生デイヴィッド様は
「声を抑えろ! 万が一にも聞かれたら、私達は生きて帰れなくなるかも知れん」
デイヴィッドは頭を抱える。普段この侍女はここまでデイヴィッドに物申す事はない。いつもデイヴィッドのそばに控え、デイヴィッドに従順で、抱かれたいと常にアピールしてきて辟易していたくらいだ。
「あの方が何を考えておられるのか分かりません。誓約書を渡されたとはいえ、デイヴィッド様のお声を使い、デイヴィッド様が喋ったような音声をいくらでも作る事が出来る。
あんな紙切れにどこまで抑止力があるのか私には分かりかねます」
伊吹が渡した誓約書など、その気になればVividColorsの一存で破棄するつもりであると、侍女は危惧しているようだ。
しかしデイヴィッドはそのような事、百も承知であった。
「私はイブキを信じると決めた。もう後戻りはしない。
君もこれ以上、私の友達の悪口を言うのは止めてくれ」
「いいえ、止めません!
よろしいですか? 明日、この建物の屋上にヘリが来ます。操縦士はVividColorsの関係者でしょうが、デイヴィッド様が乗り込まれる際にあの方を引きずり込み、このペンを頸動脈に突き刺しながら空港へ向かうように言うのです。
そして空港に着いたら、あの方を無事に返してほしければ、サラ様を連れて来いと、そう要求するのです。
サラ様さえ戻られれば、VividColorsの罪が暴けるはずです。
デイヴィッド様、ご決断を!!」
「くどい! お前を縛ってイブキへ突き出すぞ!!」
執事はサンダース家の現在の状況を確認する為に別室で電話をしており、他のお付きの女性達は帰り支度をしている。
この侍女の暴走を止められるのは自分しかいないと思い直し、最後の手段に出る。
「………君は前から私の子種を求めていたね。良いだろう、帰国するまで大人しくしてくれると言うならば、今から相手をしてやろう」
「デイヴィッド様、今はそんな事を言っている場合ではございません!
サンダース家の行く末が掛かっているのですよ!?」
まさか断られるとは思っておらず、デイヴィッドは呆然とした。この侍女は普段、サンダース家という大枠を考えて発言するような女性ではない。いかに自分がデイヴィッドの近くに控え、寝室に呼ばれるかを優先しているように見えていたのだが。
「デイヴィッド様、ご決断を!」
今自分が置かれている状況が、特殊である事をデイヴィッドは理解している。だからこそ、ここで間違った選択肢を取る事は出来ない。
「もう良い、出て行ってくれ」
デイヴィッドは侍女の話を取り合わず、彼女を寝室から追い出した。
翌日、デイヴィッドは朝食を客室で摂った後、伊吹と食後のティータイムを楽しんで、別れの挨拶をした。
「次はサンダース家へ遊びに来てほしい、と言いたいところだけど、なかなかそうもいかないのだろうね」
「そうだね、僕が国外に出るのにどれだけの人間が動くか、ちょっと想像出来ないね。
まぁ、デイヴィッドも僕とそう変わらないだろうし、次直接会えるのはいつになるか分からないな。
ビデオチャットもあるし、これからのAlphadealについても話したいから、ちょくちょく連絡するよ」
ヘリが到着したとの事で、二人は屋上へと上がる。デイヴィッドとその執事と侍女以外のお付きの女性達は、先に車で空港へ向かった。
「じゃ、またね」
デイヴィッドがヘリに乗り込み、シートベルトを装着した後、伊吹がデイヴィッドに対して右手を差し出す。デイヴィッドはその手を握り返し、自分を見つめる侍女の視線を無視して、伊吹に別れを告げる。
「またね。元気で」
短くそう口にして、伊吹の手を離す。ヘリのハッチが閉められ、プロペラが起こす風に晒されながらも、伊吹が手を振ってデイヴィッドを見上げている。
そしてヘリがふわりと宙に浮かび、伊吹がどんどん小さくなっていく。デイヴィッドは伊吹が見えなくなるまで手を振り返し続けた。
「……また来たいな」
デイヴィッドの零した独り言を対し、侍女は何の反応も示さなかった。
「行っちゃったね」
「お疲れでした、ご主人様」
「君は良い友人であったが、君の父上がいけないのだよ、か……。
この世界で初めて出来た男友達を裏切るような事をして、今になってとてつもなく罪悪感が押し寄せてくるな」
伊吹は智枝の強い勧めにより、智枝が一人ずつおびき出したデイヴィッドの執事と侍女を寝室にて陥落させた。伊吹の言う事に最優先で従うようにし、Alphadealへスパイとして送り出した。サラほどの抵抗はなく、むしろ喜んでいるように伊吹には見えた。
スパイとなった侍女を使い、デイヴィッドに対して伊吹を拉致するよう進言させた結果、デイヴィッドは拒否し、伊吹との友情を選んだ。
しかし、サラのように日本にいるのならまだやりようがあるが、アメリカへ帰国するデイヴィッドの執事と侍女がどこまでこちらの言う事を聞くのか、伊吹にはそれほどの確信が持てないでいる。
「彼女達は愛するご主人様の為ならば、自らの地位も名誉も欲すらも犠牲にする事を厭いません」
「たった一晩でそれだけの忠誠心を得られるって、十分立派なチートだよなぁ」
こうして伊吹は、デイヴィッドという友と、裏から操れる他家とを手に入れる事となったのだった。
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