友達
デイヴィッドは、サラ以外に賢者らしき人物は思い当たらないと話している。
賢者イコール前世の記憶を持っている転生者、という伊吹の予想も、デイヴィッドにとってはピンと来ないようだ。
「そうか、キリスト教では生まれ変わりって信じられてないからか」
伊吹はそう捉えたが、実際はキリスト教の教えの中で、輪廻転生思想は決して珍しいものではない。
デイヴィッドは伊吹の考えをやんわりと否定し、自分が知る賢者の情報を話し出す。
伊吹のように、完全な前世の記憶を持っているとされている賢者は、アメリカでもそういない事。特定の分野に対して異常に詳しい者や、誰も知らない理論を始めから知っていたかのように話す者を賢者と呼んでいた事。
そして、あまり世間一般にはその存在を知られていない事をデイヴィッドが伊吹へ説明する。
「既得権益を持っている我々富裕層が、賢者を囲ったり、自分に従わない賢者を排除したりしたのだと思う」
革新的なアイディアを受け入れ、上手く取り込んだ家と、新たな勢力として自分達を脅かす存在であると排除した家があった場合、どちらも大々的に賢者の存在を口外しないだろうとデイヴィッドは話す。
「私の家は前者だ。サラより前にも賢者を受け入れ、取り込んでいると聞いている。
まぁ、サラほど自由にはさせなかったと思うけどね」
インターネット黎明期にサラがサンダース家に拾われ、情報技術が飛躍的に進化した。サンダース家の資産もそれに比例して増えていった為、ライルはサラの事を無碍に扱えなくなり、放置した。
その結果があの増長であり、サラにとってはまさに我が世の春だった訳だ。伊吹が登場するまでは。
「サラがいなければ今の僕はないと言っても過言ではないね」
そう言って伊吹は笑い、デイヴィッドに尋ねる。
「日本へ亡命を希望しているサラだけど、どうする?
デイヴィッドが望むなら返すけど」
その提案に、ぎょっとするデイヴィッド。生配信で涙を流しながらライルを告発したサラを返すと言われても、どう扱って良いのか分からない。
そもそも、デイヴィッドはあのサラの告発が嘘であると知っている。どのような方法を使ったかまでは不明だが、恐らく
だからこそ何故返そうとするのか。
サラがアメリカへ帰国後、脅された事を告白するだけで、それが新たな戦争の火種になりかねないのにも関わらず……。
「……いや、彼女は父ライルの被害者だ。本人が望むなら別だけど、私から返してくれと言うつもりはないよ」
デイヴィッドは迷った末、VividColorsの作った台本に従う事にした。あくまで、ライルがサラを無理やり従わせた事を事実とする。
真実はどうであれ、
「そっか、それを聞いて安心したよ。君の声を使わなくて済みそうだ」
ニヤリと笑う伊吹に対し、デイヴィッドは身体をこわばらせる。ハワイで顔を合わせ、日本へ来てからも終始友好的な態度を見せてきた伊吹だが、その態度とは裏腹にサラを返して欲しいかと尋ね、今度はデイヴィッドの声の話を持ち出した。
「もしサラを連れ帰られたら、アメリカでサラが何を言うか分かったもんじゃないからねぇ。
その時は収録させてもらった君の声の出番だったんだけど」
デイヴィッドも薄々、自分の声が何らかの工作に使われるのではと考えていた。
しかし、この
伊吹に友好的にされればされるほど、デイヴィッドは不気味な何かを感じていた。
「デイヴィッド、俺が怖いか?」
通訳から伊吹の言葉を聞いて、デイヴィッドはゆっくりと首を振る。
「いや、私とイブキは友達だ」
二人が見つめ合い、そして伊吹が破顔する。
「僕は友達であっても、ある一定の線引きは必要だと思っている」
伊吹は
「君の声を使って、君の権利を侵害したり、法を犯したりしないという誓約書だ。
これは君個人とVividColorsとの約束とする。これが僕から君への友好の証だと思ってほしい」
デイヴィッドは小さく息を吐いて、誓約書を受け取る。中身は見ずに、そのまま執事へと手渡す。
そして伊吹から出された右手を握り、握手した。
「それとね、サラに使った手はデイヴィッドには使えないんだよね」
「……何かしらの薬品を?」
「いやいや、ただただ時間を掛けて話し合っただけだよ。ベッドの上でね」
ここまで言われても、デイヴィッドには伊吹がどんな方法を使ってサラを屈服させたのか、まるで想像がつかなかった。
気を利かせた伊吹が、デイヴィッドへ懇切丁寧に説明する。
「形式だけとは言え、サラは父の妻だったんだぞ!?
ちょっと私には真似出来ないね……」
「そうかい?
大抵の女性は落ちるから、試してみても良いと思うけど」
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