新人男性Vtunerのデビュー準備

 伊吹いぶきは帰国した夜、早めに夜のお勤めを済ませた後、美哉みや橘香きっかの部屋へと向かった。

 二人はVividColorsヴィヴィッドカラーズへ来客がある際、また同じような事故があっては大変なので、部屋からあまり出ないように言われているのだ。


「あれから変わりはない?」


「うん、大丈夫」


 橘香の体調を確認した後、そっと二人を抱き締める伊吹。万が一があってはならないとの事で、同じベッドで寝る事を控えている。

 二人にお休みのキスをして、伊吹は自室へと戻っていった。


 デイヴィッドが藍吹伊通あぶいどおり一丁目へ来た翌日。

 VividColors本社ビル、えいノ棟にあるVCうたかたラボにて、デイヴィッドの声の収録が始まった。

 英語での人工音声データベースと歌声データベースの収録方法もある程度確立されており、デイヴィッドは台本にあるまま読み上げたり、発声したりするだけで良い。


 その間、収録スタジオで伊吹達はデイヴィッドの声を宿らせるVtunerブイチューナーのキャラデザインを考えていた。


『ショタっ子ってアメリカで受け入れられへんかなぁ』


「ロリは良くてもショタはダメなんじゃね?

 一応翔太しょうたは十八歳設定になってるからセーフだけど」


 マチルダはデイヴィッドを警戒し、別室でモニター越しに話し合いに参加している。デイヴィッドは現在、収録ブース内に入っているのでマチルダの声は聞こえていない。

 朝からマチルダの姿が見えないので、デイヴィッドは心なしテンションが低いように伊吹には見えた。


「別にデイヴィッドに寄せる必要はないし、四兄弟にする必要もない。

 イリヤはどんな男性の見た目がタイプ?」


「え? それはあえて私に聞く事により愛を確かめる行為なのでしょうか?

 それとも私が貴方様への愛を一つ一つ数えるようにお伝えする機会を与えて下さっていると考えてよろしいでしょうか?」


「あ、ごめん何でもない」


 イリヤはマチルダの計らいで、伊吹の寝室へ呼ばれる立場へとなった。もう自分は安藤子猫あんどうこねこであるというアピールはしなくて良くなり、マチルダに教えてもらった日本語を使い、上手に受け答えが出来るようになっていた。


「じゃあキャリーは、って言っても元日本人だし純粋なアメリカ人の好みとはちょっと違うか」


「そうですね」


 キャリーは伊吹の腰に抱き着いて頭を擦り付けているイリヤを見て、苦笑を浮かべている。

 VCうたかたラボのあんどうた担当である美羽みうもこの場にいるのだが、マイクを通じて収録ブース内のデイヴィッドへ指示を出さなければならない為、会話に参加する事が出来ない。

 羨ましそうな表情でチラチラとイリヤを見ている。


「純粋なアメリカ人で現地の好みを上手く汲み取れる人は……」


 ジニーはイリヤと同じく伊吹と関係を持っているので、アメリカ人男性の好みを聞いてもあまり意味がないと判断された。


「メアリーさんはどうだろうか」


『うちのママに聞くん? もしイブイブがタイプや言うたら責任取ってくれるか?』


 メアリーは転生者ではなく、純粋なアメリカ人である。マチルダが帰化するならば、と自分もついでのように日本国籍への帰化申請を行ったメアリーであるが、伊吹は自分への特別な好意を本人から伝えられた事はない。


「それはもちろん責任は取るけど、今はアメリカ人男性Vtunerのキャラデザの話であって……」


『ちょっとママに聞いてくる!』


 マチルダは伊吹の言質は得たと判断し、メアリーへ確認しに向かった。


「こっちの世界の欧米人ってアジア人に対する偏見とかないの? 外見の好みとしても白人男性とは全然見た目が違うし」


「アジア人のみならず、他人種に対する偏見については、男性が激減した時点でなくなったと聞いています。そんなくだらない理由で排斥するほど、余裕がなくなったという事なのではないでしょうか」


 イリヤの話を聞いて、伊吹はそんなものか、と受け取る。伊吹のイメージとしては、男性が激減し世界人口も激減した方が、より人種差別がひどくなるような気がしていたが、ほとんどの男性がいなくなり、女性主体の社会になったからこその変化の仕方なのだろうと予想した。


『ママそっち行ったしよろしくな!』


「ん? うん、了解」


 マチルダへ返事をした直後、録音スタジオへ息を切らしたメアリーが入って来た。


「副社長! マチルダが大変失礼な事を申し上げてしまい、大変……」


「ちょっと待って! メアリーさん、何が失礼なのかよく分からないんだけど」


 とりあえず息を整えるように言い、伊吹はメアリーを座るよう促す。


「……すみませんでした。

 私はマチルダを人工授精で授かっている経産婦です。そんな女を男性にお相手してもらう対象として見る事が可能かどうかお聞きするだけでも大変失礼な話であり、本来であれば私もマチルダもこの藍吹伊通りから追放されてもおかしくないほどの無礼な行いなのです」


 伊吹は人工授精をした経産婦についてそんな風に思った事がなかったので、メアリーの焦りは思い過ごしであった。


「別にそんな事気にはしませんけどね。メアリーさんの事は綺麗だと思っていますし、メアリーさんが嫌でないのなら僕はお願いしたいくらいですけどね」


『ほらなー、大丈夫や言うたやんか。

 ママ、自分からお願いしぃや。私の事滅茶苦茶にして下さいって』


「マチルダ!!」


 メアリーはマチルダの茶々入れで顔を真っ赤にしており、悪ノリした伊吹がそんなメアリーを抱き締め、滅茶苦茶にしてほしいの? と耳元で囁いた事で腰砕けになってしまった。

 そんなやり取りを収録ブースの中から見ていたデイヴィッドが目を見開いて驚いていた。

 さらに、メアリーがマチルダの母親であると聞かされ、さらに驚愕。

 繊細な心の持ち主である、この世界の一般的な男性に該当するデイヴィッドのマチルダへの恋心は、複雑な心情に陥って霧散してしまった。


『母娘丼いっちょー!』


「俺はデイヴィッドの様な趣味はないから、その注文が出来上がるまで後八年ほど待つ必要があるな」


『そこを何とか四年に負けてんか!』


「ロリ側が言うセリフじゃないのよ……」


 アメリカ人男性Vtunerのキャラデザに関しては、YourTunesユアチューンズから大量移籍して来たアメリカ人技術者達に意見を募る事となった。

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