デイヴィッドの困惑

「貴方は恐らく、もうYourTunesユアチューンズを見る視聴者はいないだろうと考えているのではないか?」


 伊吹いぶきの言葉を通訳を介して聞いたデイヴィッドの表情は、何とも言えないものだった。頷けば、価値を認めていないものを伊吹に譲った事になり、否定すれば嘘をつく事となる。


「ははっ、素直に言っても問題ないよ。僕は貴方に対して害意はない。貴方の父上が失脚した時点で僕の中で整理はついてる」


 伊吹が笑顔を浮かべ、態度もガラリと変わった事から、デイヴィッドは戸惑いつつも先ほどの質問に対して肯定する。


「確かに私はVividColorsヴィヴィッドカラーズが開発された『なぎなみ動画』が世に出た以上、YourTunesの役割は終わったと考えています。

 しかし、VividColorsだからこそYourTunesを活かせるだろうと思っているのも事実です」


「そこで、僕は貴方の声を収録し、新しい男性Vtunerブイチューナー用の素材とさせてほしい。

 新しい男性VtunerはYourTunesでのみ活動させれば、YourTunesの独自性が確保出来る。

 YourTunesの収益があれば、株主として僕もサンダース家も配当が得られるし、悪い話ではないと思うけど」


 デイヴィッドは伊吹の要請を受け、そう悪い話ではないと考えている。自分の声を収録するだけで、あとはVividColors側でVtunerを操作する。自分が活動する訳ではない。

 現状では、Alphadeal単体でVividColorsレベルのVtunerを運用する技術を用意出来ない。

 であれば、運用出来る会社へ引き渡し、伊吹の心象を良くしておいた方が今後の付き合い上メリットがあると判断した。


「分かりました。そのお話をお受けします」


「そうか、それは良かった。

 もちろんYourTunesのチャンネル収益のうち、半分は貴方へ支払うつもりだ」


 デイヴィッドは首を傾げる。これは事前交渉に記載されていないとはいえ、賠償内容に含まれるものだと思っていた。当然、正当な報酬が与えられるとは思っていなかったデイヴィッドは、伊吹へ尋ねる。


「VividColorsの技術あってのVtunerでしょう。お気遣い頂くのは大変ありがたいですが……」


「いやいや、勘違いしないで。貴方の声あってこそのVtunerだ。

 貴方がVtunerに対抗して実写で活動を始めれば、それこそ貴方の声を使っているだけのVtunerが太刀打ち出来る訳がない。

 それと、今回VividColorsへ支払ってもらう五百億円など、すぐに回収出来るはずだしね」


 デイヴィッドは藍子あいこが記者会見で述べた、年末年始で四百億円の収益を得られたはずだという発言に対して、かなり盛られていると考えていたのだが、伊吹の態度を見てその思いを正した。

 あの試算は決してただ吹っ掛けた訳ではなく、ある程度の根拠があるのだとデイヴィッドは認識を改めた。


「それと、自分の声を使ったVtunerが、女性に対して甘い言葉を囁いているのを見て、何の利益もなくただ我慢している事が、貴方に出来るとはちょっと思えない」


 デイヴィッドは一応、伊吹がYourTunesや「なぎなみ動画」でどんな活動をしているのか事前にチェックした上で今回の会談に臨んでいる。

 副社長としてラジオに出演する伊吹が行っている、艶声つやごえ囁き配信も視聴はしている。

 しかし、デイヴィッドはネイティブの日本語が全く分からず、通訳も男性であるデイヴィッドに懇切丁寧に伝えるような事はしていない。通訳している自分の捏造や、セクハラを疑われる可能性もあると考えたからだ。


「例えば、どんな内容を囁くのでしょうか?」


「簡単に言うと、男女の寝室での行為中のやり取りを想像させるような囁きや、女性の容姿を褒める、女性を貶す、性欲を掻き立てるような言葉を囁き、などかな。

 貴方は自分の声で、隣に座っている通訳の女性を口説いている動画をじっと見る事が出来ると思う?」


 矢面に立たされたデイヴィッド側の通訳の女性は、動揺しながらもしっかりとデイヴィッドへ通訳して聞かせた。

 デイヴィッドは想像も出来ないようで、困惑した表情で伊吹を見つめる。


「じゃあ実際にやってみよう。僕が喋る内容が、自分の声で発せられていると思って聞いてみて」


 実際は、伊吹の話す内容を女性が通訳してデイヴィッドに聞かせるのだから、そう簡単に想像出来るものではないが。

 伊吹はデイヴィッド側の通訳の女性を見つめて、やや蔑んだ表情で責め立てる。


「さっきから何度も何度も座り直しているが、何をそんなにもぞもぞしているんだ?

 俺の声を聞くだけで反応するほど、お前の身体は敏感なのか?」


 デイヴィッド側の通訳の女性が、胸を押さえて前屈みになってしまった。それを見たデイヴィッドはさらに困惑した表情を深める。

 気を回し、伊吹側の通訳がデイヴィッドへ伊吹が今話した内容を通訳して聞かせる。


「……確かに、これは少し耐え難いかも知れません、と仰っています」



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