ライル・サンダースの失墜
対
福乃はニヤリと笑う。
「売っても買っても儲かるねぇ」
アメリカ政府機関は下値で買いはするが、売ってしまうと値が下がる。売られれば売られるほど買い続けなければならず、保有株式が増えていく。
しかしその他の買い方は下値で買い、少しでも値を戻せば売って差額を利益にする事が出来る。
そして値動きが激しく上下するほど売り方は儲かる。
Alphadealはじっと耐え、アメリカ政府機関はただひたすら買い続けるしかない。
ここで一番頭を悩ませているのは、貸し株をしている大株主だ。信用取引の一つである空売りは、保有している株式を貸し出している株主がいないと出来ない。
大株主はそう簡単に保有株式を手放せない為、株の売却益を得る事が出来ないので、保有株式を貸し出して、その貸出料を手数料として受け取る。
貸し株を止めるという手もあるが、信用取引で株を買う層が下落を止めている一因でもあるので、そう簡単には止める事が出来ない。
もちろん、当日に手続きしても貸し株登録を解除するのに数日掛かってしまうので、今日はどうしようもない。
下がったまま、なかなか元の値へと戻す事のない株を一度手放し、事態の終息を見極めてから買い直すというのも手であるが、大株主は大抵Alphadealと深い付き合いのある企業や銀行や投資家であるので、売却自体が難しい。
何より、筆頭株主はライルであり、仮に今の株価で手放してしまえば、
ライル・サンダースの個人資産のうち、三十兆円が消えてなくなるのだ。
そもそもライルは下落したAlphadealの株価を元に戻す為の交渉をしに、わざわざ日本までやって来た。
サラという賢者を手に入れて以来、ライルの個人資産は増える一方だった。それに伴い、アメリカの景気も上がり続け、富と名誉と賞賛を浴びるように享受した。
が、ライル自体は特に何もしていない。自分を売り込んで来た若い女を妻として受け入れただけだ。サラとは手も握っていないし、もちろん寝室を共にする事もなかったが、よく働きよく稼ぐ女だと思っていた。その程度の認識だった。
VividColorsが台頭するまでは。
ライルにもVividColorsの副社長のように生配信をするよう言ったり、収益の振り込みをキャンセルするよう指示を出したり、どんどん様子がおかしくなっていった。
VividColorsとの面会時まで、ライルはサラが
自分がアメリカからわざわざ日本まで出向けば、VividColorsがへこへこと頭を下げて歓待し、仲良くして下さいと申し出てくるものだと思っていたライルは、徹底的に自尊心を破壊された上、自分に何の能力もなく、何の役割も果てしていない事に気付かされた。
順序立てて考えれば一対一の株式交換の提案など、昨日行われた記者会見の通り、不当な提案だ。
これはサラがこう言うようにとライルへ提案していた内容だが、ライルはそれにどういう意味がありどのような反応を生むのか、全く理解していなかった。
そして極めつけは、伊吹が大切にしているのであろう妻とぶつかり、妊婦である彼女を床へ転ばせてしまった事。そして、ライルは彼女を無視して通り過ぎた事。
ライルはこの行いによって、伊吹の逆鱗に触れてしまった事を察している。が、今更どうすれば伊吹の怒りを鎮める事が出来るのか分からない。
結果、ライルは現在日本のホテルの一室に引きこもっている。
窓の外を見れば、大勢の日本人が取り囲み、皇国旗を振って何かを叫んでいる。とにかく怖い。今外に出れば何をされるのか、自分の身に何が起こるのか、嫌な未来しか見えない。
「ライル様、とりあえずアメリカ大使館へ向かいましょう」
執事の言うまま、ライルは部屋を出て車に乗り込み、ホテルを後にした。日本の警察官や外務省職員が上手く手配した為、無事脱出出来たのだが、ライルはそこまで気が回っていない。
アメリカ大使館へ到着し、ライルは大使から事実確認を受ける。VividColorsの会見内容を挙げて、これは事実ですか、と一つずつ丁寧に精査していく。
ライルはサラがVividColorsの副社長を睨みつけ、悪態をついた事を認めた。サラがYourTunesのアカウント停止をちらつかせて動画の削除を求めた為、VividColorsの従業員がその場で非公開へしたのを見ていた事を告げる。
動画投稿自体がGoolGoalへの攻撃であり、謝罪と賠償を求めたのも事実。VividColorsが受け入れなかった為にサラが激昂したので、ライルがその場でサラを解任し、Alphadealグループ全体から追い出すと宣言した事を伝えた。
「あの会見では事実よりもやや表現を柔らかくしてくれていたようですね」
アメリカ大使が眉毛をピクピクさせながら、ライルへの事実確認を続ける。
アメリカ大使がライルに一対一の株式交換について、どういう条件の取引になるか知っていたのか問い掛けると、ライルは正直に理解していなかったと答えた。
アメリカ大使は天を見上げ、首を左右に振った。ライルはあまりにも失礼な態度ではないかと思ったが、何も言い返す事が出来なかった。
怒りと呆れでアメリカ大使は冷静さを欠いてしまった。そして、ライルが黙り込んだ事で、事情を全て聞き出したと思い込んだ。
その為、一番大切な情報の確認がおろそかになってしまった。
「とにかく帰国し、本国の指示通りに対応して下さい。もはや貴方個人でどうこう出来るレベルを超えています」
「私に政府の言う通りに行動しろというのか?」
ライルは思わず不満を口にする。アメリカ大使はライルの質問には答えず、状況を説明する。
「知っておられますか? 昨晩、Alphadealの株価は三十二パーセント下落しました。Alphadealの株安につられ、アメリカ株全体が大幅に下落しているんです。我が国の資産七兆ドルが消し飛んだんです。為替も一ドル七十円までドル安になっています。
全てAlphadealが震源地です。本国では貴方の責任を追及する声が上がり、訴訟の準備を始めている企業もいるようです。
これから投資会社がバタバタと倒産していくと見られています。ライルショックと名付けて報道するマスコミも出ているのですよ?
この責任をどう取り、どのように事態を収拾させるおつもりか、お聞かせ下さい」
ライルは膝から崩れ落ちた。しかし、大使も執事も侍女さえも、彼を支えようとする者はいなかった。
大勢の報道関係者に詰め寄られながらも何とかアメリカ大使館を出て、ライルは空港へ到着した。
ライルはすんなりと手続きを済ませ、自家用機に乗り込んだ。すぐに自家用機が離陸準備をし、空港を出発。大空へと飛び立った。
ライルは二度とこの国には来ないだろう、と窓の外を眺めていると、執事が悲鳴を上げた。
「どうした?」
「ライル様! サラ様がYourTunesで生配信しています!!」
執事の持つスマートフォンには、涙を流しながら拡散希望と書かれたメモを持っているサラの姿が映されていた。
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