安藤真智チャンネル始動

 母親であるメアリーの許可が下り、VividColorsヴィヴィッドカラーズすぐに安藤真智あんどうまちチャンネルの開設に動き出した。

 十歳の女の子に生配信させるのは世間体が悪いと伊吹いぶきが判断し、基本的には編集可能な動画中心に投稿する予定である。


「お嬢様が入られましたー」


 今回はYoungNatterヤンナッターへ投稿する新しい写真の撮影風景をそのまま動画撮影し、安藤真智チャンネルへ投稿する予定である。

 マチルダ担当の侍女がビル内の撮影スタジオに改修された元配信部屋のドアを開ける。お澄まし顔のマチルダがもう一人の侍女に手を引かれて入って来た。マチルダはふわふわのバスローブを羽織って、ふわふわのスリッパを履いている。

 マチルダは普段から担当の侍女にお嬢様と呼んでほしいとお願いしている。雰囲気を楽しみたいだけであり、決して増長するような事はしないとマチルダが担当侍女に約束した上で、伊吹の了承も得ている。

 ごっこ遊びの延長なので、皆は微笑ましい気持ちで見守っている。伊吹も自分自身がごっこ遊びしているような感覚なので、マチルダの気持ちがよく理解出来た。


 撮影スタジオ内はVCスタジオの撮影スタッフ達がバタバタと準備を進めている。部屋の隅に区切られた化粧室へ案内され、マチルダが椅子に座る。

 伊吹の侍女のうち、化粧担当を依頼された侍女がすっぴんのマチルダに化粧下地を塗っていく。もう一人の化粧担当侍女が髪を梳かしてインナーキャップを被せる。今回の撮影ではウィッグを使用する為だ。


「ほんでなー、こうなったおもたらこうなってさ、そっからこやねんで」


 化粧を施されながらずっと話し続けるマチルダ。先ほどのお澄ましお嬢様モードは解除されている。その間も動画撮影は続いているので、撮影しているVCスタジオのスタッフはどう編集すべきか頭を悩ませる事になる。


 化粧が終わり、化粧担当侍女がマチルダのバスローブを脱がせる。マチルダはスポーツブラとショーツのみの姿になる。それぞれの下着には安藤家の家紋がモノグラムのようにプリントされている。この世界において女児の下着姿は放送倫理違反にならない事を念の為に記載しておく。


「ショタきゅんのコスプレからやね。おっと、翔太しょうたにぃにやった。

 翔太お兄様? 翔太にぃ? どれがええやろ」


 うーん、とマチルダが考えている間に侍女達の働きで翔太のイメージカラーである桜色が取り入れられた紋付袴姿が着せられていく。

 翔太が着れなくなったサイズの服を真智が戯れで着ている、というコンセプトなので、マチルダは衣装担当侍女に少し大きめのサイズでの作成依頼をしていた。


「おー、いいじゃん」


 マチルダの撮影が始まる頃、伊吹が様子を見にスタジオ入りした。伊吹の撮影は予定されていないので、紺色の着流し姿だ。秋も深まってきたが、室内なので寒いという事はない。


「父さん、ボクの撮影を見に来てくれたの? うれしー」


 翔太に成り切る真智を演じるマチルダ、という難しい世界観になっているが、伊吹はマチルダに合わせて声を掛ける。


「真智は男装姿も良く似合うな。男塚歌劇団のトップスターになれるんじゃないか?」


「ボクは世界中の子猫ちゃん達を楽しませてあげないといけないからね、そんなヒマはないかなー」


 悪戯っ子のような表情を浮かべるマチルダを、撮影スタッフがパシャパシャとカメラに収めていく。何枚撮ったか分からなくなった頃、撮った写真のチェックする事になった。


「あ、拡大してうちの瞳の中を確認して! イブイブが写り込んでるかもやし」


「今一つ一つ確認するのは大変だから、それはVCスタジオのスタッフに任せよう。もし写ってたらボツにするか、レタッチ……、修正? してくれるだろうし」


 二人のやり取りを聞いていたVCスタジオのスタッフは、副社長のお姿を消すなんてとんでもないと恐縮するが、それよりもお姿を見られない事の方が大切であると侍女一同が説得した。


「ごめんね、僕が見学に来ちゃったせいで」


「いえいえとんでもございません!」


 さらに恐縮するスタッフを宥めつつ、伊吹はマチルダの次の衣装を眺める。

 白いブラウスに水色のエプロンスカートを合わせ、ロングヘアーの金髪のウィッグをツインテールにしている。


「よくここまで再現出来たなぁ」


 侍女達の働きはもちろんではあるが、マチルダが前世でコミケに参加する程度の画力を持ち合わせていた事が大きい。マチルダが絵で描いて伝え、侍女達が見て再現する。

 とても相性が良く、マチルダは伊吹の衣装も考案しているので、侍女達も喜んでマチルダに協力しているのだ。


 パシャパシャと撮られつつ、色んなポーズを取るマチルダ。思い出したようにマチルダが伊吹の方へ指を差し、腰に手を当てる。


「あんたバカぁ!?」


 瞬間、その場が凍り付いたように静まり返り、そしてマチルダに対して殺気が向けられる。


「ひぃっ……」


 突然の事に驚き、恐怖したマチルダの腰が抜け、その場にへたり込んでしまう。


「ちょっと待って! これは物語の中のセリフなんだ、僕の事を罵った訳じゃないんだ!」


 今にもマチルダに掴み掛りそうになっていた侍女達を止め、伊吹が説明する事でその場は収まった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 伊吹は抱き着いてきたマチルダを宥めてやるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る