あっけない幕引き
新人
イサオアールの社長がカメラを含む配信機材を返却した為、Vtunerとしての配信が出来なくなった。その代わりとして前日のアーカイブ動画を配信画面上で流し、上から声を当てるという暴挙に出た。
動きと声が全く合っておらず、なおかつ合成音声の完成度が低いので見るに堪えない内容となった。
これだけではない。伊吹が配信終了前にやる囁きが視聴者に受けると思ったハム子は、伊吹の声でとんでもない下ネタを延々と配信し続けた。
具体的に女性器の名称を挙げ、どうのこうのする、であったり、具体的に男性器の名称を挙げ、どうなってこうなってどうなる、などしつこく繰り返した。
視聴者による通報で、
しかし今回のハム子の配信は男性の声を不正利用したという点が一番大きな問題となる為、
警察による発表で、ハム子こと
イサオアールの社長が昼前に記者会見を開き、ハム子の一連の行動を謝罪した。現在ハム子の片腕とも言える社員と連絡が取れない事を発表。ハム子の最後の配信にも関わっていたはずで、重要参考人として警察による捜索が行われていると話した。
「割とよく聞く話です。
一般家庭の場合、男の子の世話の為に執事と侍女が派遣され、急に家庭内人口が増え、男の子の姉にあたる子供が蔑ろにされたり、施設に預けられたりというのは昔からある問題なのです」
オフィスのテレビで報道を見ながら、伊吹が孤児院へ入れられる姉問題について質問すると、
上流階級の場合でも他家へ預けられたりする場合があるので、社会全体の問題として見られている。
しかし、小さい男の子に子供がちょっかいを出して何かあったらどうする、というこの世界ならではの危機管理的な話でもあるので、簡単な解決方法は見出されていない。
「そういう女の子ばかりを集めて引き取れないかな?」
「ご主人様が悩まれる事ではございません。まずは当家でお生まれになるお子の事を第一にお考え下さい」
智枝はそう諭すが、伊吹は単に同情している訳ではなかった。
「まぁそうなんだけどさ、決して善意からだけじゃなくて、幼いうちから僕の知識や考え方に触れさせておけば、この世界に何か良い影響を与えられる人材になるんじゃないかって思ってさ」
「そう簡単に行くでしょうか?」
「やってみないと分からないよね?」
「とりあえず今進めておられる楽曲作りが一段落するまでは保留として下さいませ」
「そうだね、この問題は片手間に進めて良い内容じゃないね、分かったよ」
そんなやり取りをしていると、
「やっかいな事になったよ」
「ハム子の件ですか?」
伊吹がテレビを指差してそう尋ねると、福乃は頷きながらソファーへ座る。
「警察の知り合いから聞いたんだが、行方不明になってる社員いるだろう?
「あぁ、やたら喧嘩腰で話をしてたっていう社員?」
「そう、どうやら口封じに殺されたようだよ」
智枝が驚いて声を上げる。伊吹は口封じとはどういう事だ、と考えていたが、すぐに福乃から詳しい説明がされる。
「他国の組織に使い捨てにされたんだよ。男性
恐らくハム子は他国に利用されてたなんて気付いてないだろうね。男性憎しの感情につけ込まれたんじゃないかい?」
目立つ男性の出現は、他国にとって脅威になり得る。女性ばかりの国では競争原理が働きにくく、国力が上がりづらい状況になる。
良い言い方をすれば調和を重んじて平均的に幸せが与えられるが、悪い言い方をすれば成長率が鈍くなる。
そんな状況の中に活躍する男性が登場すると、数少ない男性が頑張っているのだから私達も負けていられないという対抗意識を持つ集団と、彼をお支えしなければという献身的な考えを持つ集団とが発生し、お互いを高め合って大きなうねりを作って国力が向上すると考えられている。
自国であれば喜ばしい事だが、他国、それも日本でそれが起こってしまうと困る国がちょっかいを出し、伊吹のやる気を削ぐべくハム子をけしかけた、というのが福乃の推測のようだ。
「向こうさんも心中穏やかではないだろねぇ」
福乃は、伊吹の出現によってすでに技術革新という形で国力を増そうとしている現状を確認し、これ以上は刺激せず一旦手を引く事にしたのだろうと話した。
「あれだけの技術力を見せられたんだ、本国に持ち帰って対応策を練るんじゃないかね」
「あれだけの技術力ってどれの事ですか?」
「合成音声って言うのかい? すごい技術を確立させたね」
あぁ、と頷いて笑う伊吹。
「あれは録画ですよ。事前に撮影しておいた動画を生放送中に流しただけです。
信長が敦盛を舞いながら画面から出て、誰も映ってない時間があったでしょう? あそこまでは録画で、光秀が這って戻って来たところからが生です」
「……何でそんな事をしたんだい?」
「いや、あそこまで技術力の差を見せつけられたら心が折れるだろうと思って」
はぁ、と福乃がため息を吐く。
「その事はまだ外部へ漏らさないでおくれよ」
この説明を聞かない限り、本人がいなくても男性の声が出せる技術があると勘違いさせ続ける事が出来る。
そしてさらに言うと、今まで生配信していた安藤さん家の四兄弟は全て、この合成音声を使っていたのではと疑わずにはいられない。Vtunerの中の人など、そもそもいなかったのではないか。他国には確かめる術がない。
結果的に他国の組織を撃退したのだから良しとするか、と福乃は半ば無理矢理納得する。
「でも近いうちにあれくらいの事が出来るようになりますよ。そのうちこのビルでは手狭になると思うんですよね。どうしましょうか」
伊吹が福乃へ笑い掛ける。憎たらしいくらいに爽やかな笑顔だ。
「……その時はこの間の借りを返すさ」
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