宮坂家中の浄化

 昨夜の生配信時、イサオアール側Vtunerブイチューナー伊吹いぶきの声を元に作った合成音声を新人Vtunerに喋らせていた。

 これは、宮坂家みやさかけから秘書二十名を集めて伊吹が語った合成音声の作り方を元にしていると考えられる。つまり、宮坂家の人間からイサオアールへ情報が漏れた事になる。

 そういう事が想定される、と福乃ふくのへ事前に注意喚起していたが、福乃は当初、半信半疑であった。が、伊吹がそう言うなら、と伊吹のやりたいように任せた結果が、昨夜の新人Vtunerスサノオの声である。


「伊吹様の言う通りに間違った情報を先に出してもらって正解だったよ」


 伊吹と伊吹を訪ねて来た福乃がオフィスで向かい合っている。

 伊吹の本来の目的は、藍子あいこを立てる事の出来ない新しい女性を排除する事だった。身内かつVividColorsヴィヴィッドカラーズの社長である藍子を敬わない人間が、美哉みや橘香きっかをどう扱うか分かったものではないからだ。


「昨夜の配信を元に調べた結果、二つの家が宮坂家から追放される事になりました。さらには今回の事に直接関係のない別の問題まで発覚し、内部の膿を吐き出すきっかけとなりました。

 伊吹様には多大な迷惑をお掛けして、申し訳なく思っております。

 ……ただ、覚えておいてほしいのは、今の当主の娘は全員無実だ。やったのは数代前に分かれた傍系だよ。それだけは分かっていてほしい」


 追放された二家は、先日大会議室から追い出された六人の実家である。

 福乃に頭を上げさせ、伊吹が口を開く。


「了解です。これで貸し一って事で」


「……あんたはとんでもない重しを背負わせるんだねぇ」


 貸し一。伊吹が進めている事業内容を他の企業へ漏らし、多大な損害を与える可能性のあった不祥事。さらに、宮坂家の反体制側を追放する事まで出来た。

 これを貸し一つとして、宮坂家としては何をもって報いれば良いのか。仮に藍子か燈子に男児が生まれたとしても、貸し一つを言い出されればそれ以上何も言えなくなってしまう可能性がある。


「一応、宮坂グループホールディングスの株を今日の時価で十億円分は確保してあるんだ。これで許してもらないかねぇ」


「それって追放した二家から剥奪した分では? それを僕のところへ横滑りさせただけでしょう。宮坂家の身は切ってないですよねぇ」


 伊吹の返答を受けて目を丸くし、そして声を上げて笑う福乃。


「ハッハッハッ! いやぁ、あんたホントにもう……。

 宮坂家の次期当主に指名したいよ、今からでも教育すりゃ十分間に合うだろうさ」


「そのお言葉だけ頂いておきますよ」


「当主の話は別にしても、株は受け取っておくれ。いらないって言われたなんて報告出来ないからね。私の家中での立場がなくなるよ。

 その上で貸し一で構わないさ」


 伊吹は、あー……、と口ごもり、何も言わず閉じた。


「何さ、言いたい事があるなら言っておくれ」


「では。その二家ってそのうち切られる予定だったんじゃないですか?

 僕の手柄にしておいたら、後で家中のやり取りが楽になるからちょうど良かったとか、そんなんじゃないですか?」


 伊吹が情報流出の可能性を考慮していた為、被害は最小限に食い止められていた。その上で、伊吹の功績で宮坂家の膿を出せたと恩に着せる事で、伊吹の宮坂家内部での信頼度が増すし、伊吹自身にも宮坂家の為に一肌脱いでやった、という情が沸く。

 ほぼ身内扱いの伊吹に株を持たせる事も、繋がりを強化する一つの手である。


「……紫乃しのみどり琥珀こはく。しっかし支えな。

 これほどのお方にお仕え出来るなんて滅多にない事だよ」


 秘書三人が大きく頷く。


「それとね、イサオアールの社長がカメラやら配信機材やらを抱えてビルの前に来てたよ。警備が止めてたところにたまたま居合わせてね。

 勝負が始まった頃からハム子の様子がおかしくなって、自分が関わらせてもらえず目が届かなかったと言い訳してたけど、私に言わせりゃ対応が遅過ぎる。

 私が宮坂の人間だと知ってペコペコ頭下げて来たから謝る相手が違うと怒鳴ってやったよ。

 そしたらこれだけでも預かってくれって機材を渡されたよ。今はVCスタジオで故障してないか確認していると思うよ」


「へぇ、じゃあ今日からどうやって生配信するつもりでしょうかね」


「さぁね、紙芝居でもするんじゃないのかい? 何にしても、ハム子本人が謝罪に来てないってんならまだ何かあるんじゃないのかねぇ」

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