VCうたかたラボ

 『あんどうかたる』と『あんどうた』を開発する会社が設立された。


 デジタルで楽器の音を合成するDTMという技術の最先端を走っているララファと宮坂家みやさかけが一億円ずつ出資して会社を立ち上げる。

 そしてその会社からVividColorsヴィヴィッドカラーズへ新規発行株式を無償譲渡し、持ち株比率がそれぞれ三十三パーセントずつとなった。

 VividColorsへ株式が無償譲渡された理由は、伊吹いぶきの声を吹き込むからだ。これに対しての正当な報酬額が決められない為、新規発行株式を譲渡する事となった。

 この事から、技術確立後の特許権については会社名義で申請する事で合意された。一度技術を確立すれば、伊吹以外の声を収録して多角的に事業展開する事が出来る。


 社名は『VCうたかたラボ』とし、設置場所はVividColorsが一棟借りしているビルの五階になった。伊吹の声の収録し、試行錯誤しながら何度も取り直す事が予想された為、伊吹のいるビルに設置するのが一番良いとの判断だ。

 社長は伊吹で、宮坂家側の役員は福乃ふくの、そしてララファ側にも役員がいるが、基本的にララファは技術提供と技術確立後の販売がメインになるので顔を出す事はない。


 『あんどうかたる』の開発責任者は岡野菊おかのきく、そして『あんどうた』の開発責任者は岡野の娘の岡野美羽おかのみうが選ばれた。


「貴方様が安藤家あんどうけの……。いつもお世話になっております」


 無表情な顔、無感動に聞こえる声。美羽は礼儀正しく頭を下げるが、あまり人間味が感じられないと伊吹は思った。


「いえ、こちらこそありがとうございます。お二人にはお力をお借りしますので、気楽に接してもらえれば嬉しいです」


「第一段階として、社長が仰っていたようにすでにある音源をぶつ切りにして合成して行く事で、どの言葉、どの単語がパーツとして使いやすいかを調べます。

 そしてある程度この言葉だと分かった後、第二段階として改めて社長の声を収録させて頂きます。

 その後、開発班を『あんどうかたる』と『あんどううた』へ分け、話し言葉と歌声それぞれに特化した開発を進めて行きます。

 何度も何度も社長の声を録音させて頂く事になります。よろしいですね?」


 菊の説明を受けて、伊吹は問題ないと頷く。


「いずれはお兄様がおられないくともアバターの動きと『あんどうかたる』を組み合わせて生配信が出来るようになるのですわね」


 今日も乃絵流のえるのコスプレで身を固めたVCスタジオの技術責任者、河本こうもとが伊吹の手を取る。


「……社長の妹様ですか?」


 同じく無表情のまま、美羽がふわふわドレス姿の河本を見つめて質問する。


「いや、VividColorsの子会社であるVCスタジオの技術責任者、河本多恵子こうもとたえこさんです」


「お兄様! ワタクシは乃絵琉ですわ! 乃絵琉なのですわ!!」


 伊吹の腕にしがみ付いて喚く河本を、分かった分かったと宥める伊吹。いつもありがとうなと軽く抱き締められ、落ち着く河本。

 そんな二人のやり取りを見ていた美羽の目がわずかに見開かれる。


「話が終わったみたいだから失礼するわね。枕カバー用のイラスト原案、こんな感じでどう?」


 伊吹へ話し掛ける機会を窺っていた燈子とうこから、イラストのラフが表示されたタブレットが伊吹へと手渡される。

 何度もスワイプして、複数のイラストをチェックしていく。


「良いと思う。あとはお願いするイラストレーターさんをどうやって選ぶかだな。

 とこちゃんの画風に似てる人をYoungNatterヤンナッターの乃絵流タグから探して声掛ける?」


 イラストの受注を受け付ける、ちゃんとした企業に頼むのも良いのだが、伊吹としてはオタク文化の成長も促したいと考えている。

 趣味でイラストを描いている個人に声を掛け、それだけで生活出来るような社会になって行けば、どんどん文化が発展していくはずだ。


「分かった。大変そうだけど何人か候補を挙げてみるから最終的にはお兄さんも確認してね」


「了解。あとさ、枕カバーを販売する場所だけど、ネットで専門のサイトを立ち上げるのももちろん必要だけど、どこかの展示場を借りて大々的に対面販売しよう」


「えっと、同人誌の即売会みたいな?」


 この世界にも同人誌即売会はある。ただ、規模は小さくあまり売り上げも多くない。同好の士で集まってワイワイする程度でとどまっている。


「そうそう、何だったら安藤家の同人誌も募集しよう」


「えぇ!? その、安藤家の権利関係はどうするつもり? あと、すごくいやらしい本とか出て来ると思うけど」


 著作権侵害に当たる可能性はあるが、安藤家の権利を所有しているVividColorsが主催するイベントなのであれば問題ない。

 また、今後VividColorsが主催ではないイベントが増える可能性もあるが、伊吹の目的であるオタク文化の発展と市場規模の拡大の為であれば黙認する事が出来る。

 黙認出来ない範囲を逸脱した者が現れれば個別で対応すればいい。


「イベントに参加する売り手からは売上の一割を徴収。買い手からはイベント会場への入場料を徴収。あとは公式として枕カバーやグッズを用意して販売すれば、十分に会場の使用料を賄えるはず」


「売上の一割ってどうやって把握するの?」


 燈子が当然の疑問を口にする。


「え、普通に自己申請で良くない?」


 伊吹としては、オタク同士信頼関係の上で成り立っているイベントで、そんな不正をするのだろうかと疑問に思う。


「絶対に誤魔化す人出てくるよ? それで迷惑するのはお兄さんやVividColorsだけじゃなく、他の真面目にルールを守ってる参加者なんだからね?」


「な、なるほど」


 自分が我慢すれば良いという問題ではないと諭され、伊吹は考えを改める。


「会場でのみ使える金券を用意して、それで買い物をしてもらえばいいんじゃないでしょうか?」


 やり取りを見守っていた美羽が提案する。


「でも金券を購入する際に並んだり、途中で金券が不足して追加で買いに行くのは面倒ではありませんこと?」


 河本乃絵流が美羽に対抗するかのように発言する。


「じゃあ会場だけで使える暗号資産を作ってもらう?」


「ちょっと待ってそれ別の専門家が必要になる案件じゃない!?」


 イベント内での支払い方法については今後改めて考える事になった。

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