資本提携

 伊吹いぶきはこの世界の芸術文化に対して、進化する原因となるきっかけを与えたいと考えている。

 簡単に例えると、伊吹の前世世界にはビートルズが存在した。しかしこの世界には存在しない。

 全員が楽器を演奏しながら全員で歌う。その曲の作詞作曲も自らがする。ロックバンドなのにオーケストラの要素を取り入れたり、リズムを変調させたり、片方のスピーカーからしかボーカルが聞こえて来なかったり、挙げればキリがないほどに革新的なアイデアを披露した。


 伊吹には楽器を演奏する技術はない。が、アイデアを伝える事は出来る。

 全てのジャンルにおいて、それを行おうと伊吹は考えている。しかし、それにはとてつもないお金が必要になる。

 Vtunerブイチューナーのアバターを制作する為にはソフトウェアを用意しなければならず、ソフトウェアを開発するにはパソコンが必要で、パソコンを全く一から製造するとなると一体どれだけの費用が掛かるか分からない。

 アバターを制作する為のソフトウェア、というのはあくまでも例えであるが、映画撮影用のドローンや動画編集ソフトに自動で字幕を付ける為のAI開発など、前世世界のレベルへ引き上げるにはとにかく金が掛かる。


「だからVividColors《ヴィヴィッドカラーズ》を上場して資金を集める、と」


「ええ」


 伊吹一人がVtunerブイチューナーとして活動した収益では足りない。四回の生配信の投げ銭の合計額は三億五千万円を超えたが、そこから三割はYourTunesユアチューンズに天引きされる。

 一年間三百六十五日通して生配信をしたとしても、三百六十五億円が集まるとは思えない。毎日やってるならいつでも見れるし、と特別感もなくなり、投げ銭をする事もなくなる。

 そうなる前に、VividColorsの事業内容を拡大して会社を大きくする。アバターの製作技術を広告代理店に売り込んだり、伊吹が並行世界から仕入れた歌をレコード会社へ売り込んだり、安藤家あんどうけ四兄弟のグッズを売り出したり、伊吹の声を吹き込んだボイスCDを発売したり。

 収益性の高い会社の株は人気が出て、株を会社が新規で発行し、高値で取引される。会社が発行した株が売れれば会社の手元資金が増える。さらなる事業展開へお金を使う事が出来る。


「映画を撮るにもアニメを作るにも、ある程度の研究開発が必要なんです。すぐに利益が出ない事も多い。

 物語や音楽の歌詞やメロディーは頭の中にある。でも、それをそのまま取り出せないんです。だから、僕の頭の中にあるものを再現してくれる人を育てたいんです」


 ふぅ、と小さく息を吐く。伊吹は熱を入り過ぎ、喋り過ぎてしまったかと思ったが、福乃の顔を見ると何やら思案している様子。美哉みやが新しく入れたお茶に口をつけて喉を潤す。


「宮坂家としては、伊吹様の頭の中を再現するのに必要な技術、その技術を育てる事に大きな収益機会があるように思えるねぇ」


 技術というのは大抵が応用出来る。兵器にもなれば、人を治療する道具にもなる。


「……宮坂家に公開前のVividColorsの株を売る気はないかい?」


「即答は出来ませんね。僕だけの会社ではないので。割合も気になりますし」


 株を売るのは良いとしても、宮坂家の持ち株比率が大きければ大きいほど、伊吹は宮坂家の意向に沿った会社運営をしなければならなくなる。


「全部くれなんて言わないさ、今の資本金総額の少し少な目くらいで良いよ」


「それだと筆頭株主になるんですがねぇ」


 はっはっはっ、ふっふっふっ、という乾いた笑い声がオフィスに響く。


「まぁ冗談はこれくらいにして、とりあえず技術開発を宮坂家の企業へ任せてほしい。Vtuner用の撮影機材は宮坂家の最先端技術だからね。実際使ってみて使用感を報告してもらうだけでも意味があるよ」


「権利関係がややこしくなりそうですから、研究開発を始める前に契約書を作る必要がありそうですね。特許権や実用新案権は発案者の僕が貰えます?」


「……本当に十八歳の男の子かい? どこでそんな事を習ったのやら。心乃春このは様も容赦ないねぇ」


 ビジネスとはシビアである。自分とあの人の関係は円満だから、と油断していると全てを持って行かれる可能性がある。


「そこら辺はしっかり書面で残すようにしようか。あと、宮坂家から秘書を何人か派遣するよ。伊吹様がやりたい事を言うと、それを叶える為の技術を持つ宮坂グループの会社を紹介し、会う段取りを付け、話が上手く行ったら契約へ持っていく。

 話が早いだろ?」


「なるほど、助かるけど首輪で繋がれるのはちょっとなぁ」


「そんな事しやしないよ。何ならVividColorsで直接雇用してくれても良いよ」


「いや、秘密保持契約書でいいかな。宮坂家への報告内容を全て書面にしてこちらにも同じものを提出してもらう。後ろめたい事がないなら可能でしょ?」


「可能は可能だけど、それだと裏で別の報告書を上げる可能性もあるんじゃないのかい?」


「そこは信頼する、って事で。直接雇用したとしても同じ事が言えるし」


「……ホントに大した男だよ、あんたは」



 ある程度の筋道をつけ、VividColorsと宮坂家は資本提携を結ぶ方向で調整する事となった。藍子と燈子にも確認が必要であるが、自分の家であるのでそこまで反対はされないだろうと伊吹は思っている。


「そうそう、これは会社とは関係ないんだけどねぇ」


 帰り際、福乃が改めて伊吹へと向き直る。


「宮坂家としては、うちの家中から伊吹様の第一夫人と第二夫人を娶ってもらいたいと考えてるよ。まぁ、言わなくても気付いてるだろうけどねぇ」


「まぁ、それは、はい」


 散々世話になっているのだ。今さらそんなの知らないよ、などと言える状況ではない。


「藍子と燈子の姉妹には母方に叔父がいる。その他にも伊吹様と年齢が近い候補がいるから、近々会ってほしいねぇ」

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