意外な申し出

「……そうですか」


「おや? どうしたんだい、今の今までこの私とやり合ってたってのに。

 藍子あいこ燈子とうこに叔父がいるのを知らされてなかったのかい?」


 考えてみれば、伊吹いぶきは藍子と燈子の姉妹の事について、ほとんど知らない。あまりこちらから聞いてこなかったし、向こうも積極的に話そうとはしていなかったように思う。


「お二人は僕の事を気遣ってくれていますからね」


「良い女だよ。宮坂の女としては頼りないけどね、もっと自分から売り込んでもらわないと」


 宮坂家に限らず、家を残す為には男を産み、育てなければならない。大日本皇国は古来より男子継承を基本とする国家で、現在の男性が生まれにくい状況であってはなおさら男性の確保に重きを置いている。


 伊吹は宮坂家みやさかけ三ノ宮家さんのみやけの分家筋であると福乃ふくのから聞かされている。母親の咲弥さくやはともかくとして、心乃春このはの名字も自分と同じく三ノ宮だった。つまり、自分は三ノ宮家の直系には当たらないはずだ、と気付く。


「あの、これもこの世の常識だと言われてしまうのかも知れませんが、仮に僕と宮坂家の女性の間に男の子が生まれたとして、僕の血が混じってしまえば宮坂家の直系ではなくなるのでは?」


「問題ないよ。遡れば皆同じところに繋がるんだから」


「そういうもんですか」


「それにね、これは常識というよりも知ってる人間しか知らない事だけどね、人工授精でなく自然妊娠の場合、男児が生まれてくる確率は三万分の一じゃないんだよ」


 自然妊娠、つまり男女がセックスをして出来た受精卵からは、人工授精よりも男児が生まれる確率が高い。


「えっと、どれくらい違うんですか?」


「自然妊娠の場合は一対百だと言われてるよ。ただ、事例が少ないからハッキリとした数字ではないんだけどね」


 百人中、たったの一人。それでも、人工授精よりも遙かに確率が高い。


「だから毎晩毎晩励んでもらわないとね、例え好きな女でなくともさ」


「福乃様」


 智枝ともえが福乃へ抗議するが、福乃は相手にしていない様子で続ける。


「残念だがこれが現実さ。女の排卵周期を考慮して、今日は誰と誰と誰で明日が誰と誰と誰。びっしりと予定が決まってんのさ。

 まぁそれを管理してたのは私なんだけどね」


 突然宮坂家の大奥事情を聞かされた伊吹。やっぱそういうのあんのね、という程度で特に驚いてはいない。


「だから後ろの侍女さんにご執心なのは良い事でもあり、辛い事でもあるわね。妻が増えれば増えるほど触れ合う機会が少なくなるしね。

 まぁ今のうちに仲良くしときな、うちから一人でも娶ってくれるんなら順番なんて気にはしないさ」


「もう一度詳しく」


 伊吹にとって、とてつもない情報がもたらされたような気がして、反射的に福乃へ問い掛けてしまう。


「詳しくったってそのままだよ。第一夫人との子供が先だなんて言わないから、好きなだけ子作りしなって言ってんのさ。そちらのお二人が先に男の子を身籠もれば、あとはこちらへ養子に出してくれるだろう?」


 伊吹は思わず美哉みや橘香きっかへ顔を向けると、二人は目をまん丸にして驚いているようだった。



 福乃が帰った後、伊吹は美子よしこ京香きょうか、智枝、そして美哉と橘香で話し合う事にした。


「三ノ宮家として、先ほどの話をどう解釈すればいいのか教えてほしい」


 自分自身、当主としての教育は受けていないし、そもそも三ノ宮家の事を何も聞かされていない。だからそこ、伊吹は心乃春と長い付き合いがあった美子と京香に正直に尋ねる事とした。


「……恐らくですが、福乃様の仰る事に嘘偽りはないと思います。

 彼女は宮坂家の奥事情を取り仕切っておられたお方。伊吹様から寄せられる宮坂家への信用を損なうような発言をされるとは思えません」


 美子の答えに、京香も頷いている。


「正直、今すぐにでも美哉と橘香を部屋へ連れ帰りたい。母親の前で言う事じゃないけど……」


「いえ、大変光栄な事です」


 京香がとても嬉しそうに美哉と橘香を見ている。当の二人は顔を真っ赤にし、俯いているが。

 伊吹は毎朝あれだけの事をしておいて、今さらそんな反応をするんだなと思うが、伊吹のお務めと自分のお務めではまた違う話になるのだろう。


「ただ、美哉と橘香は俺の妻となる人と良い関係を築きたいという気持ちで今まで我慢してくれていた。だからこそ、今すぐ二人を抱きたいが為に宮坂家から第一夫人を選んだように捉えられるような行動はしたくない」


 今すぐ美哉と橘香とセックスしたいからお前と婚約するわ。じゃ、今から二人抱いてくるわ。これではいくら男性が希少な世界と言えども最低のクズになってしまう。


「まずは伊吹様が藍子様と燈子様とご結婚なさるおつもりがあるかどうかでは」

「もちろんお二人の意思を確認される必要もあると思います」


 伊吹はこの二人が侍女として自分へ進言しているのがとてつもなく嫌だと感じた。これは伊吹個人の問題ではなく、俺とお前達の問題なのだと、叫びたいほどもどかしく感じたが、今ここでそんな事を言っても仕方がない。


 もう少し、もう少し我慢して、ベッドの上で問い詰めてやればいい。そう思う事で、伊吹は燃えたぎる想いを抑えようと努力していた。

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