引用元動画の件

「音楽事務所からデビューしないかと連絡が来たんだけど、どうする?」


 二回目の配信を終えて翌日、藍子あいこからVividヴィヴィッドColorsカラーズ宛てに来た連絡について報告される。


「今のところは考えてないって断って。正直プロの歌手としてやっていくほどの才能はないって自覚してるし」


「へぇ、お兄さんはとりあえず何でもやるのかと思ってた」


 燈子とうこがスマートフォンを弄りながら呟く。画面にはYoungNatterヤンナッターにハッシュタグ安藤乃絵流あんどうのえるを付けて投稿された英知えいじあきらのイラストが表示されている。

 昨夜よりもさらに増え、トレンドには常に #安藤乃絵流 が上位に入り続けている。


「何でもは出来ないよ。出来る事だけ」


「じゃあ伊吹さんは何だったら受ける?」


 藍子に聞かれ、うーんと上を見上げて考え込む伊吹。藍子と燈子の視線はぼこりと出ている喉仏へ吸い込まれる。


「あ、それこそ作詞作曲なら無限に出来るな。YourTunesユアチューンズに歌ってみた動画を投稿して、それを元に各アーティストが楽器で肉付けしてもらうって形のコラボとか?」


 問題は、昨夜の生配信で自ら言ったように、楽器が出来ないからアカペラの動画になる事と、歌自体がそんなに上手な訳ではない事。

 アーティストからしたら、何で楽器出来ないし歌が上手い訳でもないのに無限に歌が作れるんだと不思議に思われるだろうが、自ら並行世界人である事を公言しているので、伊吹は問題ないと思っている。


「そうそう、伊吹さんが配信で言ってたYourTunesの引用元動画云々の話だけど、YourTunes運営がすでにそういう機能の追加拡張の開発を進めていて、近日更新予定って発表してたよ」


「へぇ、対応早いな」


「お兄さんの発想をパクられた形になるけど、良いの?」


「裁判しますか?」


 智枝ともえが会話に入って来る。智枝は司法書士の資格を持っているのである程度の法律知識があり、たびたび伊吹へアドバイスをしている。


「裁判はしないよ。僕の発言の前か後、いつから開発を進めてたなんて客観的に証明出来ないと思うし。

 それに僕は前世の記憶にある歌を歌ってる時点で著作権侵害してるようなもんだしね。権利保有者がこの世界にいないってだけで、僕がしてる事はパクリそのものだし、あんまり人の事をどうこう言えないと思ってる」


 藍子と燈子、そして智枝はまた言ってるよ、みたいな表情で伊吹の顔を見ている。伊吹としては真実であるが、客観的にそれを証明する事は出来ない。

 ただ、三人ともその件を深く掘り下げず、そのまま受け入れているだけだ。諦めていると言っても過言ではない。


「でもYoungNatterではほぼ炎上みたいになっているよ。YourTunesのYoungNatterアカウントにうちの視聴者っぽい人がバンバン返信してる」


「あーちゃんから今僕が言ったような内容の呟きをしといてくれる?

 安藤家としては問題にしてないし、みんな落ち着いて下さいって」


「分かった、文章考えて投稿しておくね」



 藍子が安藤家視聴者へ向けてお気持ち表明の呟きを投稿した後、二回目配信としての収益結果の報告に移る。


「昨夜の配信での投げ銭の合計額が九千五百万円。最高同時接続数が百二十五万人。生配信中にチャンネル登録者四百万人突破。

 順調過ぎて怖いくらいね」


「それは僕もそう思う。いつまでも続く事じゃないから、常に新しい何かが出来ないか考えておく必要があるね」


 生配信二回分の収益合計が一億七千五百万円となった。ただし、ここからYourTunesの収益配分が引かれるので、実際にVividColorsへ支払われる金額としては一億三千万円弱となる。


「二日で一億とか……。とんでもないね、お兄さんは」


「仮に一年間毎日配信し続けたしても、年間で何百億円になる事はあり得ないよ。

 視聴者さん達も無限に投げ銭が出来る訳じゃないんだし、ある程度で落ち着いて来るんじゃない?

 今はチャンネル開設おめでとう期間みたいなもんだよ」


 生配信のアーカイブも再生数が増えている為、そちらから入る広告収入と合わせて、二ヶ月後にYourTunesより支払われる予定だ。


「あ、俺が歌ったところを切り取って動画投稿してくれてありがとうね。対応が早くて助かるよ」


「まぁ歌ってる箇所を切り抜いて投稿しただけだけどね。

 でもやっぱり専門の人にお願いしてほしいわ。私もずっと夏休みって訳じゃないし」


 燈子は大学生であり、今は夏休みで時間があるとはいえ、課題の提出など色々と忙しい身である。


「今日動画編集が出来る人を紹介してもらう予定になってるから、ちょっと出て来るね。場合によってはまたこのビルの空いているフロアで作業してもらうかもだけど、大丈夫?」


「僕としては大丈夫だよ。警備の人達が問題ないって判断するなら、そっちの方向で考えよう。

 3DCGと動画編集と、このビル内でどんどん出来る事が増えていくといいね。

 色んな部署間で交流を持ってもらったら、切磋琢磨してどんどん技術が向上してったりしないかな。

 それと、音楽関係というか録音関係? の知り合いがいたら話を聞きたいんだけど、例えばさ……」


 伊吹は前世知識チートを惜しみなく使っていく。周りは若干引いているが、ハイになっている伊吹は気付かなかった。



★★★ ★★★ ★★★


ここまでお読み頂きましてありがとうございます!

本作十万PV突破記念と致しましてR18のSSを書きました。

『天国で地獄な朝』https://kakuyomu.jp/works/16817330668498971075/episodes/16817330668963371216

のR18版です。(このリンクは本編のものです)

私の近況ノートへR18版が置いてあるサイトのURLを貼っておきますので是非ご覧下さいませ。

今後ともよろしくお願い致します。

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