天国で地獄の朝
改装されてから一度も使われていない、遮音性の優れた配信部屋。このビルに住み込みで活動する配信者がいるかも知れないと、藍子が張り切って用意した布団が役に立った。
「……!?」
現在の時刻は朝六時。知らない天井だ、と言う暇もなく伊吹は混乱の最中にいる。前世でも味わった事のない感覚。口内に何かが侵入し、掻き回している。まるで口から食べられているかのような恐ろしい感触。
顔を背けて逃れられたかと思えば、また反対側から同じように口に
「どういう状況!?」
「いっちゃんが悪い」
「悪いのはいっちゃん」
伊吹は幼馴染み二人に無理矢理ファーストキスを奪われてしまったと、半分残念に思い半分安心していた。どちらと先にするべきか、などという長年苦しまされた童貞臭い悩みが解消したからだ。
しかし、ファーストキスだと思っているのは伊吹だけである。
とりあえず一旦落ち着かせてほしいと懇願し、何とかその場を切り抜けた伊吹。美哉と橘香が怒っている理由は分かるし、再会した喜びもある。
二人が侍女になる為の学校を飛び級で卒業し、国家試験に合格したまでは知っていた。男性保護省の初任者講習を受講する必要があると聞いていたが、伊吹が東京に出て来たタイミングで講習が終わったとの事。
晴れて、今日から美哉と橘香は伊吹付きの侍女となる。
「そっか、じゃあこれからずっと一緒だ。みぃねぇ、きぃねぇ、よろしくね」
「私達はご主人様付きの侍女です。どうか美哉と呼び捨てにして下さい」
「もう子供同士ではないのです。どうか橘香と呼び捨てにして下さい」
自分達はもう幼馴染みという関係ではない。主従の関係なのだ、と澄ました顔で主張する二人。その表情がおかしくて、伊吹は笑ってしまう。
「ふふっ。じゃあ二人の主として命令するね。今まで通り、幼馴染みのままでいてほしい。僕が堅苦しいの苦手だって知ってるでしょ?」
伊吹の命令を聞いて、美哉と橘香が見つめ合う。そして小さく頷き合うと、二人は伊吹の手を取って口を開く。
「どれだけ私達がいっちゃんの事が大好きで、大切で、心から愛しているとしても、結婚する事は出来ない」
「それは小さい頃から知っていた事。
「もちろん。でも、結婚なんてただの形式だ。その、……愛し合っていれば子供だって作れるし」
「男性は十八歳になり成人すると、可能な限り早急に結婚しなければならない」
「そして、子供を授かるよう努力しなければならない。これは法律で決まってる」
「私達はどっちも、母方三親等以内に男性がいない。第一夫人にも第二夫人にもなれない」
「いっちゃんと私達が馴れ馴れしくしていたら、奥様が良い顔をしない」
この世界では一夫多妻制が推奨されているが、第一・第二夫人になれるのは、母方三親等以内の血族に男兄弟がいる女性に限られる。
その方がより、男性が生まれる可能性が高いと判明しているからだ。
これは個人の意思でどうこう出来るものではなく、国家存亡の危機。さらには人類存亡の危機が掛かっている。だからこそ男性は国家により手厚く保護され、年間五千万円もの保護費が支給されているのだ。
「分かってる。分かってはいるけど……」
「私達の事を想ってくれるのなら、早急に奥様を二人娶って」
「そうすれば家庭内での均衡が取りやすくなる」
(大奥みたいな話だな。詳しくは知らんが)
伊吹としても、美哉と橘香に肩身の狭い思いはさせたくない。この世界に生まれたからには、この世界の決まり事に倣わなくてはならない。郷に入っては郷に従う、である。
「そうだね、分かってはいるんだけどね」
「とりあえず今いっちゃんがすべきなのはこれ」
「大丈夫、天井のシミを数えている間に済む」
美哉の手にあるのは、通常よりも大きく太い注射器のような物。ただし、用途としては注入ではなく採取であるが。
「それって、もしかして」
「そう、精液採取器」
「いっちゃんは十八歳になった。精液提供の義務がある」
分かってはいた、分かってはいたが初体験より先に初提供をさせられるとは思っていなかった伊吹。
いや、可愛く美人で自分を好いてくれる幼馴染が二人もいるのに、この歳まで手を出さなかった伊吹が悪いのだ。
どうにか先に初体験を、と思ったらまた橘香に口を塞がれ、美哉に身体を押さえ付けられる。
「大丈夫、怖くない」
「怖くない、任せて」
こうして伊吹の精液は採取された。
★★★ ★★★ ★★★
ここまでお読み頂きましてありがとうございます。
第一・第二夫人になる条件を母方三親等以内の血族に男兄弟がいる事、と変更しました。
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