チャンネル開設と動画投稿

 河本こうもと社長ら四人がこのビル周辺まで到着したとの事で、藍子あいこ燈子とうこが迎えに行った。関係者が直接迎えに行かないと、ビルに近付く事も出来ないほどの警備体勢になっている。


智枝ともえはどう思う?」


 美子よしこ京香きょうかから、直接河本らと会う事に難色を示されている事を話し、伊吹は智枝の考えを尋ねる。


「私も京香さん達の意見に賛成です。ですが、電話越しに指示を出すなどは問題ないかと」


 直接顔を合わせさえしなければ、会話する事自体は問題ないという考えのようだ。

 伊吹がどのような形で打ち合わせが出来るかを考えていると、藍子が戻って来た。


「二階のフロアへご案内しました。今、燈子がフロア内の案内をしています」


「分かりました。……また電話掛かって来てるんですね」


 藍子の手に握られているスマートフォンが、絶え間なく着信を告げて振動している。


「ええ、言われた通り電話には出ないようにしていますが……」


 伊吹は藍子に、元一期生達から連絡があっても話す必要はないので出ないように言っていたのだ。昨日の生配信で伊地藤いちふじ玲夢れむが言っていた、機材の修理云々の連絡だろう。


「着信拒否してしまうとまた生配信でギャーギャー言いますから、出ないという方法を取りましょう。個別の着信設定でバイブレーションをなしにしたらいいんじゃないですか?」


 なるほど、と言って藍子が設定を変更していると、燈子から着信があった。


「分かった、伝えとくね。

 伊吹さん、燈子が秘密保持契約書に署名を貰ったらすぐ打ち合わせすると言っています。その後戻って動画編集の続きをするそうです」


「分かりました。

 ゆくゆくは動画が編集出来る人を雇わないとダメですね。あ、外部に委託してもいいのか」


 元の世界の配信者界隈では、動画編集をお金を払って外部にやってもらうのは当たり前のように行われていた。


「ご主人様、外部委託についてはお考え直し下さい。お姿が映っていないとはいえ、音声データにいらぬ加工をされたり、外部へ流出させたりという危惧がございます」


「あー、なるほど。となるとやっぱり内部で雇って秘密保持契約を交わした上でってなるのか」


 契約書を交わしたからと言って完全にリスクがなくなる訳ではないが、やらないよりはマシである。



「お兄さん、最低限配信出来るくらいの見栄えであれば三日で出来るって」


 燈子がオフィスに戻り、打ち合わせ内容の報告をする。

 常にマイナーチェンジが可能なので、初回配信時のアバターはクオリティよりも仕上げ時間の短縮に重きを置くと伊吹が決断し、河本達へその旨伝えてある。

 また、燈子のイラストも3DCG化しやすくシンプルなデザインを用意していたのもあり、製作時間短縮に繋がった。


「じゃ、私は動画の編集作業をするから」


「編集の仕方なんだけど、字幕を付けてくれる?

 質問者の発言は画面右に縦で表示して、僕の回答は画面下に大きめの文字で」


「あぁ、テレビのインタビューと同じようにすれば良いのね」


「編集作業が終わったらチャンネル開設して投稿してしまおうか。

 動画内では生配信は一ヶ月って言ってるけど、投稿後に登録者十万人達成した時点で一週間後に前倒しするっていう告知動画を追加投稿しよう。

 アバターはとりあえず三日で完成させてもらったものを確保しつつ、残りの四日で見た目と性能を少しずつ改善してもらうようお願いしようか」



 そしてそれから三時間後。

 智枝から従者が食事を共にするのは如何なものか、という指摘があったり、美子が何十回分かも分からないくらいの数の精液採取器を段ボールで持ち帰ったりするなどがあり、現在。


「とりあえずこんな感じでどう?」


 オフィスのテレビ画面で編集済みの動画を見終わり、伊吹は自分以外の反応を見るべくオフィス内を見回す。みな、小さく頷いてみせたので、問題はないだろうと判断する。


「よし、ちょっと時間が中途半端だけど夏休みだし投稿してしまおうか」


 その場で藍子がチャンネルを開設。動画の流れ上、また名前が決まっていない事になっているのでチャンネル名は『名前はまだないチャンネル』とした。動画タイトルは『男性に聞く100の質問』で、とりあえずこの一本のみを投稿する。



「投稿完了しました」


「……さて、今日中に登録者百万人行くだろうから先に告知動画を作ってくれる?」


「気が早いね。さっきは十万人って言ってたのに。

 投稿が終わったんだからケーキでも囲んで打ち上げしない?」


 燈子が呆れたような表情で伊吹を見るが、その燈子にパソコンで開設したチャンネルを確認してみるよう促すと、すでに視聴回数が千回を超えていた。


「何これ、ヤバすぎない?」


 投稿開始から僅か三分。まだ動画再生時間にも達していない。


「こういうのは事前準備がものを言うと思うんだ。

 さ、前倒し告知動画を作るのと、YoungNatterヤンナッターも開設しないといけないし、それから……」


 あれやこれやと皆で作業していると、一時間もせずに登録者は当初目標の十万人を達成。さらに登録者数を伸ばしている。

 これはすごい事になっているぞ、と伊吹も含めてじわじわと込み上げる実感を噛み締めていると、オフィスの玄関から警備員が入って来た。


「あの、藍子様に合わせろと騒いでいる方がおられるのですが……」


「騒いでる? 名前は言ってましたか?」


「はい、伊地藤玲夢だと名乗っているそうなのですが」


「あぁ……、追い返して頂戴!」


 藍子の言葉を受け、伊吹と燈子は声を上げて笑った。



★★★ ★★★ ★★★


ここまでお読み頂きましてありがとうございます。

次回のねぇちゃんねる回を挟みまして、ようやくVtunerデビューとなります。

後に回せば回すほどハードルが上がってる感がして怖いのですが、お楽しみ頂ければ嬉しいです。

よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る