第2話

電車の中で僕は呆然と外を見た。全てがどうでもよく感じられる。視界に日が暮れた後の夜景が入ってくる。こうやって車窓を眺めるのはいつぶりだろう。暗闇にまばらに浮かぶ光はそこに人がいる証であり幻想的であった。だが僕の目には純粋な闇を汚す邪魔な物とも思えた。


車内アナウンスが駅名を告げる。目的地だ。引き返そうかという考えが一瞬頭をよぎったがここまできて引き返すのは無駄だと思った。もう後戻りはできない。


電車を降りて人の流れに沿って進む。エスカレーターを登り改札を出た先にあるのは見覚えのあるショッピングモールだ。自然と足が進む。幼い頃よく行った。懐かしさが蘇る店の数々。そこに飛び交う明るい声、笑顔。家族連れから若者などたくさんの人がいた。心が重くなる。いてもたってもいられなくなって僕は外に出た。


胸が一瞬痛くなった。考える時間が欲しかった。だから外に出た。駅前広場のベンチに座り込む。寒い。腕を見ると半袖を着ていた。この時間半袖で一人ベンチに座る男は不審者でしかないだろう。


目の前には明るく彩られたクリスマスツリーや雪だるまなどが立ち並ぶ。よくわからない気持ちだ。夜の暗さを感じさせない。改めて見ると、美しい。この光で彩られた約束された幸せ。行き交う人の顔も満ち足りて見える。眺めていたら3人組の女の一人と目があった。見覚えがある。気づいたらその女がこっちに向かってくるのが見えた。思い出した。高校の幼馴染の同級生ににている。


「ちょっとメア〜、どうしたのよ。」

3人組の1人が言うのが聞こえた。記憶はあっていたようだ。彼女は話しかけてきた。

「あれ、那威くん?」

「愛亜さん?」

「わあ、久しぶり。何してんのそんな格好で。」

会話を聞きつけた残りの2人がこっちへ来た。

「知り合い?」

「うん、高校の同級生。」

「へー。」

「感動の再会じゃん。」

「悪いけど先行っててー。」

「おけー。」

遠ざかっていく2人を見ながら彼女は僕に話しかけてきた。

「久しぶりだね。」

「久しぶり。」

「どうしたの?変な格好して。何かあった?」

そういえば半袖だった。

「...いや、そう言う気分になっただけ。」

「うわっ、中学の時の那威くんみたい。最近どう?」

「まあ、普通だよ。」

最近の話を色々した後に、突然、彼女はこう言い出した。

「私ね、今、芭空くんと一緒に住んでるんだ。」

「...マジ?」

「うん、今夜うち来る?芭空もきっと喜ぶと思うよ。」

「行こうかな。」

「おっけー。久しぶりに3人で話そ。そうだ、あの2人が待ってるから行ってくる。悪いけど10分くらいそこで待っててくれない?」

「おけ。」

そう言って彼女はショッピングモールのビルの中へ行った。


彼女が言ったあと、もう外にいる人は少なかった。意外と長く話していたのか、外の寒さが厳しいからなのか。どこか室内に入りたいと思って、立ち上がった。

光で飾られた街。輝いた光のように心は浮き立っていた。久しぶりに旧友の愛亜と芭空と話せるからだろう。こんな所であえる奇跡もあるものだ。こんなに気分が上がるのはいつぶりだろう。寒さに震えながら風が当たらない場所を探し始めた。


愛亜と芭空とは、幼馴染だ。中学も、高校も一緒だった。大学は別々になって、忙しくてなかなか会う機会はなかったが、それまでは結構仲良くしてた。

高校のとき、僕たちは同じ部活だった。水泳部。冬は学校では活動できないので、近所の施設でよく泳いでいた。休日は3人でよくスキーに行ったりもした。本当に、幼馴染で仲が良かった。あの時までは。


そんな物思いにふけっていたら、青い服を着た男がこっちに向かってくるのが見えた。男はこちらに近づいてた。そして気づいた。警察だ。胸がすーっとさめて、重くなっていくのを感じる。


男は警察手帳を見せてきてこう言った。

「すいません、警察のものですが、今何されてますか。」

「いや、とくに、、。」

「お名前、伺ってもよろしいですか。」

「はい、鈴木です。鈴木太郎。」

人はこんなにも簡単に嘘をつけるものだと思った。

「ありがとうございます。もうこんな時間なんで。帰った方がいいですよ。」

「はい、わかりました。」

そう言って警察は去っていった。安心したら、彼が無線で、

「カゲビ ナイとみられる男を発見。尾行します。1人頼みます。」

と言っていたように聞こえた。


胸が苦しい。いてもたってもいられなくなって、とにかくここから離れようと広場に戻った。あまりの寒さに驚き、ああそうだ、人を殺して半袖なんだと納得した。広場を通り過ぎるときイルミネーションがまた見えた。友達と手を振って笑みを浮かべた愛亜を見かけた。


「あ、那威くん。行こ〜。」

声をかけてくれる彼女は明るかった。だがもう僕は笑えなかった。この広場の明るさが僕の心をえぐった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る