イルミネーション

保志零二

第1話

気づいたら僕は走っていた。もう沈んだ陽がかすかに残る空の中で。周りには無機質な建物が並ぶ。無心で、呆然としていた。まるで世界がもうすぐ終わるかのように、ただ走っていた。


いまだに実感が湧かない。したことの重さがわからない。あれは夢だったのかもしれない。ただ、あるのはこの心を締め付ける重さ。


昨日、僕は罪を犯した。

あいつを、殴りつけた。

嫌いなスキーサークルのメンバー、アカギを。

ムカつくやつだった。僕が何をしても見下して手下のように扱うばかり。運動神経が良く僕よりも上手いこともなおさら。

彼に大会で負けた時、すごいねと言ったことがある。彼は当然だと言った。次の大会は本気で臨んだが僕は予選落ちで彼はいい順位まで行った。お前は俺に勝てないと言われた。その後お祝いに奢れと言われた。すごいと思ったので承諾したが彼は特になんとも思っていなさそうだった。彼といる時間は憂鬱だった。

なぜ殴ったかは本当に思い出せない。日頃の鬱憤といえば理屈は通るのだろう。殴られた彼が倒れて血を吐き出した姿は鮮明に思い出せる。ごめんですむ話ではないと言うことはわかる。殺してしまったかもしれない。


信じられはしない。だが殴った感触は今もこの手にある。今日夕方に起きてからその事ばかり頭に残っている。もし本当だったら彼はもう通報していて今にも警察が追っているだろう。彼の安否を確かめたくはあるがどこかが頭に靄がかかったように思い出せない。それよりも今はどこかで落ち着いて考えたかった。


息が上がっていつの間にか歩いていた。良く見慣れた街だが微妙に暗く人気もなく何か落ち着かない。


今思うと、殴ったのは別に悪いことでもないような気がしてきた。思えば僕を人として見てない彼が悪いのだ。犯罪どうこうの話でなく、人としておかしいのは彼の方なのだ。彼だけではない。人を信用する、人と共感する、それがお互い幸せだと言うのは有名な仮説だ。今まで多くの人に信頼を寄せてきたと思う。だけどほとんどの人は人を下に見ようとした。それが憂鬱だった。でも今はもうどうでも良く思える。


私は犯罪をした。だから何だ。この世界におけるほんの些細な出来事でしかない。自然の中で当然の流れだ。今までよりも清清する。今までの妄想はくだらない。自然界では殺しても罰せられることはない。この人間社会において、信頼という人間の作った秩序を破ったのは彼らなのだから、問題ではない。


目の前には駅が見える。もうすぐクリスマス。イルミネーションで飾られた広場。少し泣きたくなる。この光が人を傷つけるのだろう。思い出した。警察に追われているのであろう。ならば僕は都会に行こう。幸せで満ち溢れる夜の光を警察のサイレンと共に恐怖と混乱で埋めてやろうと思った。

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