第10話 高篠さんのお見送り
たかがボードゲーム。
そのはずだったのに、なんか変なスイッチが入って、途中から俺はムキになってしまった。
結果として蒼にゲームで勝ったという事実は、素直に嬉しかったのだが……
動揺のあまり、そんな自己中心的な考え方しかできなくなっていた自分に、嫌気が差す。
高篠さんのことをもっと気遣える彼氏にならないとな、と思う。
でないとあんな……
たとえどれだけ裕福になろうとも、あの人○ゲームのような未来は、俺には耐えられそうにないから。
♢♢♢
帰りは遅くなってしまったので、俺が送っていくことにした。
外は夜の9時にもなれば、当然のことながらすっかり冷え切っている。
白いスカートが風に揺れる。下がタイツの高篠さんは、見ているだけで少し寒そうだった。
それを見た俺はといえば……
―――冷え切っているのは、俺たちの関係と一緒だな
なんて、また縁起でもないことを考えてしまったのだった。
そういうところがダメなんだってわかってるのに。
どうして俺はいつもいつも……
ずっと、高篠さんとの関係を壊したくなくて、俺は一歩踏み出すことを恐れていた。
高篠さんは口数の多いタイプではないから、彼女の気持ちは俺にとってわからない部分が多くて。
―――いや、それもただの言い訳だよな。
お世辞にも人生における成功体験が多いとは言えず、加えて女性慣れしていない俺は、何かとすぐに彼女に嫌われてしまったのではないか、と悲観的に捉える癖がついてしまっていて。
そんな風にして色々と理由を付け加えて―――
結局のところ、自分可愛さに、俺は高篠さんのことを本気で考えようとしていなかっただけなのかもしれない。
今日のクリスマスパーティーで久しぶりに見ることが出来た、高篠さんの笑顔。
あの表情は、きっと本物だった。
作り物なんかじゃない。
だって、あんなにも可愛らしくて……
ずっと、俺が傍で見ていたいと願っていた、まさにその表情だったのだから。
だから、そんな彼女の笑顔をこれからはずっと見ていられるように、俺は少しだけ勇気を出す。
すぐ、嫌われるとか、想像するな。
ネガティブな思考を排除するために、俺は今すぐに何か行動に移そうと決心した。
その手始めに俺は、隣を歩く高篠さんに視線を少しだけ向けて、手袋もせずにいてすっかり冷たくなってしまっているであろう高篠さんの手を……
できるだけ何気ないように装いつつ、こっそり掴んでみた。
「…!!」
途端、高篠さんの動きが急停止した。それに伴い、俺も慌てて歩みを止める。
しかし、それも一瞬。
すぐに高篠さんは元通りになって歩き出した。
ん?
……これは。
この反応は、どう受け取るべきなんだ?
俺は頭を巡らせつつ、高篠さんの表情を伺ってみようとするのだが、彼女は伏し目がちに少し横を向いたまま、目を合わせてはくれない。
少なくとも、元気というわけではなさそうだった。
……やっぱり、嫌だったかな
俺は大人しく手を離そうかと思った。けど……
彼女の方が手を握る力を少し強めたせいで、それを許してはくれなかった。
え、どういうこと???
俺の頭の中はさらに混乱し、だけど、これはつまり、高篠さんが手を繋いだことを拒絶して立ち止まったわけではないということを意味していた。
俺はその事実に気づいて…とりあえず、それだけでほっとした。
1つ、嫌がられないだけで、こんなに安心するものなんだな。
そして、単純に寒くて元気がないと考えれば、つじつまが合うことに気がついた。
よく見ると長い黒髪から覗いている耳は真っ赤になっている。
これはいよいよ風邪をひいてはいけないから早く帰った方が良いな、と少しだけ歩く速度を速めてみるのだが、何故か高篠さんは急ごうとせずにむしろペースを落とそうとするものだから、手を繋いでいる以上仕方なく、俺の方もゆっくり歩くことにする。
結局、彼女の家が見えるまでには25分もかかってしまった。夕方は15分の道のりだったのに……
終始、ほぼ無言の時間であった。
が、俺は高篠さんの手を握っていられるだけで、その時間ずっと、幸せを感じずにはいられなかったのだった。
高篠さんの家の前まで来て、俺は初めて彼女の足元を意識したけど、特別歩きにくそうな靴ではなくて。
だから、寒いのにどうして急ごうとしなかったのかは、やっぱりわからなかったけど。
早く高篠さんを家の中に入れてあげたい俺だったが、しかし、最後に大事なことが1つだけ残っていた。
それは……
俺がこっそり、家族にもバレないように用意していた、高篠さんへのクリスマスプレゼントだ。
俺は先日、月並みかもだけど、高篠さんに似合いそうなマフラーを買って、それを今日渡すと決めていた。包装してあるから、中身は後でのお楽しみということになるけど……。
決して高いものってわけではないので、開けてみてがっかりしないか、正直不安だ。
しかし、そんなことを今更考えても仕方ないし、自分に置き換えて、貰って嬉しいような実用的なものを選んだんだ。
だから他の選択肢はなかったと言い聞かせ、俺は勇気を出して彼女に声を掛ける。
「……あのさ、高篠さん」
玄関についたところで俺はカバンの中を漁る。
なるべく手短にと思っているときに限って、なかなか出てこなくて困る。
「これ。俺からのささやかな?クリスマスプレゼント」
高篠さんの手の上に包みを乗せる。
彼女の手はかじかんでいて、落としてはいけないから早くカバンに閉まってほしかったのだけど、どういうわけかその場で立ち止まったまま、彼女は一向に中へと入ろうとしない。
「じゃ、また明日」
だから、ここは俺の方から別れの挨拶をして、引き上げようと思ったのだが……
「待って」
そう言って帰ろうとする俺を高篠さんは引き留めた。
「……その、私からも、蒼真くんに、これ……」
なんと……!
驚いたことに、最近素っ気なかった高篠さんも、俺のと同じくらいのサイズの小包を用意していた。
まさか高篠さんもプレゼントを用意していてくれたとは思っていなくて、驚きと同時に嬉しさがこみ上げてくる。
「それと……」
包みを持っていない右手で俺の袖を掴んで、上目遣いで俺のことを真っ直ぐ見て、こう問いかけてきたのだ。
「うち、寄ってく?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます