第9話 高篠さんとボードゲーム

 ずっとこんな時間が続けばいい、なんて柄にもなく思ってしまった俺だったが、あんなにたくさんあったはずの料理も、気づけばなくなりかけている。


 俺ら家族と高篠さんの楽しい食事の時間は、もうすぐ終わりを迎えてしまいそうだった。

 そのことが例年よりも何故だか寂しく感じられて、俺はなんとなく碧の方を見てしまう。


 ……なんだか料理のほとんどが、碧の腹の中に入っていった気がしないでもないけど。


 終始凄い勢いで料理を口にしていた我が妹に、つい恨みがましい視線を送ってしまう。

 それに気がついた碧は、不思議そうに首を傾けていたが……


 

 今日は思っていることを正直に口にするよう心掛けている俺だけど、今回ばかりは口にすると怒られそうだから、止めておいた。




♢♢♢




 例年、食後はどうしていたかというと、家族みんなでTVゲームをして遊ぶことが多かった。

 だが、コントローラーは2つしかない。

 うちの家族はみんな結構テキトーな性格だから、自分の番でないときは好き勝手なことをして時間を潰していられるけど、今年はそうもいかない。


 高篠さんが来てくれたことだし、あんまり順番を待たせたりするのもな、と思っていたところ、妹が押し入れの中から人○ゲームを持ってきた。

 このゲームは、大人も子供も楽しめることで知られている、ルーレットを回して最も所持金の多いプレイヤーが勝利するすごろくゲームだ。


 なんか急に気の利くようなことをして、兄としてはびっくりせざるを得ない。

 しかしそんな俺に向かって、碧は高らかに宣言する。


「このゲームで私に勝てる者はいない!さあさあかかってきなさい♪」


 ……そうだった。

 小さい頃からどういうわけか、碧は滅茶苦茶人○ゲームが強かった。

 あんなのただの運ゲーだと思ってたけど……


 要するにお前が威張りたいだけかよ。

 さっきの感動を返してくれ。


 しかし碧の案に乗らない手はないので、俺の家族+高篠さんというメンバーでの○生ゲームが始まった。



 ゲームが進行する中、俺は、小さい頃はクリスマス以外もこうやってよく家族みんなで遊んだりしていたものだなあ、と1人懐かしんでいた。

 なんか久しぶりだけどこんな時間も悪くないなって。


 ふと高篠さんの方を見ると、俺らの家族に溶け込んで、ちゃんと楽しんでくれているようだった。

 うるさい妹とも仲良く出来ているみたい。


 よかった。



 ところが、そう安堵したのも束の間、しばらくすると、高篠さんの駒はあるマスに止まった。


 結婚。


 それは人生においての1つの岐路であるから、人生(それ)がテーマであるこのゲームにはあって当然のマスだろう。

 というか、俺は妹に誘われて何度もこのゲームを遊んでいるし、今更、なんだよって話だ。


 なのに……


 なぜだろう。高篠さんの駒にペアの人形がセットされたとき、俺はこのゲームを遊んでいたときにかつて一度も感じたことのない、胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになった。



 高篠さんが、俺の知らない男と……結ばれる様子をつい頭の中で想像してしまう。



 これはゲームなのに。

 何を考えているんだ俺は。



 でも、悔しい。

 どこに向けるわけにもいかない、行き場のない感情が渦巻いていく。

 もうこの時点で、このゲームにおける俺の勝ちはなくなったって思った。



 そして暫くして、このゲームは所持金の多さを競うものであったことを思い出す。


 俺は結構負けず嫌いなところがあるから、妹のことを何とか負かせてやりたいと、最後まで気を抜くつもりはなかったのだが…


 高篠さんの駒は、傷心の俺に追い打ちをかけるようなマスに、次々と止まっていく。



 恋人とハグして会社を遅刻……!?



 俺の頭の中で、勝手に高篠さんが知らない男の人とハグしている姿が想像されていく。

 動揺を隠せない。なんかざわざわする。

 これが俗に言う寝取られってやつなのか?


 ボードゲームの妄想を通して寝取られ疑似体験をすることに成功した俺だったが……


 正直、何が良いのかわからない。

 ただ、辛いだけだよこんなの。


 高篠さんの駒に乗っている人形を弾き飛ばしてどっかにぽい、したくなる。


 そんなことを思いつつ、そもそもこのゲーム上では高篠さんと俺は付き合っているわけではないし、何でもなかったってことに後で気がついた。



 なんとかして冷静さを取り戻し、最後の怒涛の追い上げで、ゲーム自体は結局俺が勝った。

 碧はめちゃめちゃ悔しがっていたけど……


 なんだか、勝った気がしなかった。

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