第11話 高篠さんとまた明日
ん?
高篠さんの意図するところが掴めず、俺の頭はぐるぐるし始める。
高篠さんの親が今、仕事でいないっていうのはわかってる。
つまり、家には誰もいないというわけで。
そんな状況で、俺を家の中に呼び込もうとしている……???
いったい、高篠さんは何をしようというのだろうか。
ここで、俺の頭に浮かんできたのは、大村くんが休み時間にしていた会話。
恋人とあんなことやこんなこと……
―――いや、待て待て待て!
落ち着いて考えるんだ。
あの高篠さんだぞ。
いつもクールで冷静で、しかもここのところ無愛想で素っ気なかった彼女が、急にそんなことを言い出すなんて。
有り得ない。きっと俺は何かを勘違いしてるんだ。
でも、どうすれば。
ここで俺がとるべき選択肢は……
そうやって俺があたふたしているうちに、背後に人の気配が近づいてきているのを感じた。
邪念を振り払い慌てて振り返ると、そこにはスーツ姿の女性が立っていた。
「あら雫。この方が例の彼氏さん?いつも娘がお世話になっております」
突然話しかけられて呆然としている俺に、彼女は雫の母です、と付け加えて、丁寧に挨拶をしてくれた。
でも俺の方はといえば、全く心の準備が出来ていなくて、わたわたと彼女に合わせるようにお辞儀をするのが精いっぱいだった。
というか、今さらっと衝撃の事実が発覚したんだけど……
どうやら高篠さんの母も、俺の母親と同様に、俺たちが付き合っていることを知っていたらしい。
マジか……
高篠さんが、自分の家族に俺のことを彼氏として話してくれていたことが意外で、かなりびっくりした。
とはいえ、なんだか嬉しい。
だが、そんなことを思っている俺とは裏腹に、急に高篠さんは様子がおかしくなって、
「また明日」
と彼女は言い残して、母の手を半ば強引に引っ張りながら、急に家の中に入っていってしまった。
♢♢♢
どさくさに紛れて、高篠さんの家へ招かれる話は自然消滅した。
結局俺は、高篠さんの母に対して、軽くあいさつをしただけになってしまった。
……あれで良かったのだろうか。
しかし、もしあのまま時間が流れたとしても、コミュ力が高いわけではない俺では、気の利いた会話をすることができず、かえって俺の印象は悪くなるばかりだった気が……しないでもない。
とにかく、高篠さんの母親を目にして、冷静でいられなくなったことは、間違いない。
俺たちの交際にはやましいことなど決してないというのに……
恋人の親と対面するのって、あんなに緊張するのか。
そんなこと、考えたこともなかったな。
そう思ってふと、今日あった出来事を振り返ってみた俺は、大変な事実に気がついてしまった。
あれ、今日は一日中高篠さんにめちゃめちゃプレッシャーかけてた?
うちの家族はみんな優しいし、俺はいつも通りの時間を過ごしたつもりだったけど……
明るくてお喋りな母さん。
めちゃめちゃ馴れ馴れしい妹。
穏やかな性格の父さん。
高篠さんは笑顔で楽しそうにしてくれてたけど……
気を張って頑張って……
もしかして、疲れさせちゃったかな。
そう考えると、耳を真っ赤にして寒がっていた高篠さんのことが心配でたまらなくなってきた。
だから、俺が家に着いたら彼女の体調が悪くなってないか、一度連絡して確認してみようと思った。
♢♢♢
自室のベッドの上で、俺はメッセージアプリに要件を打ち込む。
元気ですか?
いや、違うな……
いつもみたく話しかけようと思うのに、良い言葉が浮かんでこなくて。
高篠さんの気持ちを色々と想像してはみるものの、答え合わせができないせいで、かける言葉の最適解がわからない。
……いや、そんなことはいつも通りで。
だから俺は……
高篠さんの本当の気持ちが知りたい。
高篠さんは今日一日、本当は俺の家族と無理矢理対面させられて困っていたのかもしれない。プレゼントを渡したときは、我慢して俺に気を遣ってくれただけで、本当は寒くて辛かったのかもしれない。
その答えが、たとえ俺にとってはマイナスなものであったとしても……
俺は、高篠さんの本当の声がとても聞きたくなって……
―――だから、もう夜が遅いというのに、俺は思い切って彼女に電話をしてしまったのだった。
高篠さんは、秒で電話に出た。
「ひゃいっ!」
彼女はいつになくあたふたしていた。
……やっぱり突然電話なんてするんじゃなかったかな。
けど、彼女の元気そうな声が聞けて、正直かなりほっとした。
「良かった、元気そうで」
それにしても、電話はメッセージとは違って、直接声を聞くことができるから、なんだか少し照れくさい気持ちになるというか……
「ちょっとお母さん、余計なこと言わないでよっ!」
なんか向こうでは後ろが騒がしい気がするけど……
いったい何を言ってるんだろうな。
すごく気になったけど、それから暫く会話をしてから、おやすみ、の挨拶を済ませると、俺の気持ちは満たされ、安心していく。
直接顔を合わせると、緊張からつい調子が狂ってしまうけど、電話だとなんだか話しやすくて。
メッセージアプリの文体では伝わりきらなかった、お互いの感情が声色に乗って。
それは彼女の方も同じだったみたいで。
すごく幸せな時間だった。
そして、この電話でのやり取りで―――
俺は、高篠さんが自分のことを嫌ってなんかいないという確信を得た。
だから、これからは高篠さんに対する見方を、少しだけ変えてみようかな、と思ったのだった。
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