後編 その2
「や、少しほっとしたなって」
母さんは湯呑のお茶を口に含み、ことんと置いた。次いで柔らかな微笑みを浮かべ、俺たちの顔を見眺めた。
「二人の仲がまた深まり出したのかなって思ったわ。私、何だか昔のことを思い出しちゃった。小さな光紀と幼い空音が子猫みたいにじゃれ合っていた頃のこと」
すると父さんも遠くを見るような目をし始めた。
「あったな……懐かしい。二人は年が離れているからか、光紀は空音にいつも寄り添っていたし、空音も光紀を慕っていてなあ。空音はところ構わずぎゅっと抱きつく甘えん坊だったし、光紀のほうもいつも一緒にいようとしていた」
「空音が体を壊すと、光紀は小学校を休んででも傍にいようとしたりね」
「そうだったな」
母さんの何気ない発言から、両親は古き思い出を次々によみがえらせていく。
なんとなく居心地の良くない俺は、自分が作ったネットレシピのナポリタンを黙々と食べる。これに刻んだパセリとか入れたら好みに近づくかもしれないなと思いながら咀嚼する。
空音もエビフライにタルタルソースをつけては口に運ぶ動作を繰り返している。
「……エビフライおいしい」
「ハンバーグも最高だった。なんか今日のはスパイスの感じがあるような」
俺の何気ない味報告に、母さんが記憶をめぐる旅から戻ってきた。
「あ、わかる? カレー作りに使うガラムマサラを一振りしてみたの。隠し味のつもりが、けっこう強く残ったわね」
「いける味だな。ガラムなんとかが何なのかは知らないけど」
空音がエビフライに満足したのか、俺があげたハンバーグを口に入れて、びくっとなった。
「辛いような、苦いような、変な味……うう」
お口に合わなかったようだ。
空音が渋い顔をしているところに、母さんは苦笑をして、
「空音のハンバーグにはスパイス入ってないから、そっちを食べるといいかもね」
「そうなんだ……! 自分のを食べる!」
空音はぱっと表情を明るくさせる。丸々一個のハンバーグに熱心な箸使いで取り掛かり始めた。
「おにいからもらったハンバーグ、あげるね! ぴりぴりするからね、すっごく気を付けるんだよ!」
「わかった任せろ。ぴりぴりは得意だ」
「おにいは痛いのが好きってこと⁉」
「痛いのは普通に嫌いだけど」
俺に関する変な誤解が空音の中に生まれたような気がする……。
気まずい思い出話は何処へと去り、各々がおいしいに舌鼓を打つ時間が流れる。
クリスマスの団欒の始まりはいつだったのか、俺には思い出せない。
昨年は確かもっと落ち着きあるパーティーだった。
俺は高校受験を控えていて準備にがっつり関われなかったし、空音は率先してお手伝いできるほど大きくなかった。だから両親が主導して場を整えていた。
勉強に忙しい俺を見て、空音はきっと気を遣っていたのだと思う。
一緒にいる時間が失われれば、それに応じて心の距離も離れていく。見えなくてもわかることだ。
母さんと父さんがついさっき思いを馳せたのも、だから十分理解できることだったのだ。
俺は空音の現在をよく知らない。
テストで満点を取れるくらい頭がいいことも。
男女問わず友だちがたくさんいることも。
……俺と空音は、どれだけ離れてしまったのだろう。
空音も同じことを考えていたりするのだろうか。
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