前編 その4

 完成したケーキを冷蔵庫にしまい、テーブルを片づけ終わった俺と空音は、台所から料理の皿を運ぶ役目を仰せつかった。

 余裕綽々な俺とは違い、空音はおかずのたっぷり乗った大皿の運びに苦戦しているようだった。

「お、おにい! エビフライが端っこから墜落しそう! 助けてぇ!」

「任せろ!」

「あ、今その手で触ったやつはおにいのだからね!」

「わかったよ……」

 救出したエビフライを小皿に移し、顔を上げると、今度は空音がハンバーグの皿を両手で持って運び始めていた。

「おにい! ハンバーグの汁がこぼれそう! へるぷみー!」

「なぜ無理をしようとする!」

「だってできそうだと思ったの!」

 これが大人ぶりたい年頃ってやつか! ほとんど全ての料理を運ぼうとする空音のサポート役に俺は徹することとなった。


 テーブルに隙間なく配置された料理皿が壮観だった。

 早くもこたつに両足を突っ込んだ空音の前には、エビフライの大皿がでんと置かれている。

「じゅるり」

 舌なめずりする空音も可愛い。

 両親が力を合わせた洗い物の終わりを、子ども二人して待ちわびているところだった。

 俺も手持ち無沙汰になってこたつに入ると、

「おにい! そういえばハンバーグ半分くれるのありがとぉ!」

 空音がとんでもないことを言い出した。

「なんのこと?」

「約束したじゃん! 飾りつけしてるとき!」

「あれは無効じゃないのか」

「何言ってるの?」

「え?」

「え?」

 大好きなハンバーグを譲ることに、俺は恐ろしい抵抗があった。

 けれど、

「いいよ。半分な」

「やた! おにいありがと!」

 幸せそうに歯を見せて微笑む空音。

 俺にはそれだけでいいのだった。

「それにしても、空音もハンバーグが大好きだったんだな」

「ん、別に普通だよ?」

 きょとんとする空音。

 混乱を極める俺。

「ど、どういう……」

「あたしはね、なんていうかね、」と、空音はむむむと考えてから、顔を上げてこんなことを言った。


「おにいのをもらえるっていうのがね、嬉しいの!」

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