前編 その2

 大人と子どもの二手に分かれ、パーティーの準備は賑やかに進められることとなった。

 台所では両親が料理を作り、こたつ部屋では俺と空音がケーキ作りへと取り掛かる。

 スポンジケーキの入った袋を空音に渡し、俺はテーブルに大皿を置いた。

「これ開けていい?」

「ああ。中身はお皿に乗せてくれ」

「一個しか入ってないけど」

「真ん中を切って挟めるようにするんだ」

「そうなんだ! おにいも意外と賢いね……!」

 空音が目を輝かせて俺を見つめる。

 そういうものだとは言い出せないので、

「だろ? もっと褒めていいぞ」

 と胸を張ると、台所から母の声が飛んできた。

「あ、空音。そういうふうにしろって作り方が袋に書いてあるから、探してみてね」

「え!」

「空音のお兄ちゃんは見栄っ張りなのよねー」

 笑いながら種明かしをする母さん。

 きょとんとした空音は袋を手元でくるくると回して『作り方』という文字を発見すると、一転してむっとした可愛い顔で俺をにらみ上げてきた。

「おにい! 見損なうんだけど!」

「そんな難しい言葉、よく知ってるな」

「もぉ怒るよー! あたしも学校だとしっかりものなんだからね。この間のテストだって満点だったんだよぉ!」

 空音が学期末のテストで満点を取ったことは、母づてに聞いていた。すごく自慢していたとのことだ。

 なお、俺にはその報告がなかった。

「空音は天才だなあ」

「そんなことないよぅ」

 途端に顔をにまにまさせる空音が袋からスポンジケーキを取り出して、大皿にぽすんと乗せた。

 俺は置かれたそれを見つめながら、おそるおそるの心を隠し、

「学校では、べ、勉強のほかはどうなんだ……?」

「どうって? 楽しいよ? おにいと違って」

「その、仲のいい子とかいる?」

 空音が無言で生クリームの袋をすっと掴むと、握りつぶそうとし始めた。

「ご、ごめん変なこと聞いた」

「ちゃんと友だちいるよ! あたしみんなからすごく頼りにされてるんだからね!」

「そうなんだ……」

 母さんが家庭訪問で聞いたとおり、学校でお姉さんしているのは本当らしい。

 空音はふうっとため息をつき、

「おにいは友だちいないんだね。やっぱりかぁ」

 急にどういうことだ?

「つまりおにいは彼女もいないんだね! 彼女いないんだねぇ。いたこともないもんね!」

 様子を変えて、ふふふっと笑いをかみしめる空音。

 もしかして彼氏マウントをされている……? 二重に悲しい事実をにこにこ顔で連呼されてしまった。俺は内心しょげ返りつつ、そっとナイフを持つと皿の上のスポンジケーキを半分に切り始めた。

 空音の今を、俺は何も知らない。


 母さんから聞いた、学校での空音の話には重要な部分があった。

 ――空音の交友関係が男女を隔てていないという、担任の先生からの所見。


 俺はずっとモヤモヤし続けているのだった。

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