前編 その1
俺がナポリタンを作り終え、空音がこたつ部屋の飾りつけを終えた頃、父さんと母さんが買い物から帰ってきた。
日曜日の午後五時半。スーパーはさぞ混んでいたことだろう。
「お願いしておいて言うのもなんだけど、ちょっと見ない間に料理できるようになったのね、光紀」
「まあな」
「どうせスマホを見ながら作ったんだろうけど」
「そうだが?」
台所で開口一番の会話がそれだった。母さんは苦笑しながら俺の肩をぽんぽんと叩く。
その手で運ばれて冷蔵庫前に置かれている買い物袋は、見るからにずっしりとしている。
「今夜のメニューは?」
「揚げ物を中心に作るわ。パパが天ぷら食べたいってうるさいから、それに合わせたの」
「ハンバーグは」
「もちろん作るわよ。光紀が食べたいってうるさいから」
「父さんと同レベル扱いなのは解せない……」
「あとエビフライも。空音も朝から纏わりついてきてうるさかったから」
駄々っ子な父さんの血は、しっかりと子どもたちに受け継がれているようだ。
母さんの笑みが濃くなった。
「最後に私の要望も。今年はスポンジケーキと生クリームを市販のもので揃えたわ。後片づけが楽なのはやっぱり超重要なのよ」
母さんはうんうんと一人で頷いてからにやりとして、買い物袋に手を差し込んでそれらを取り出し、
「はい。お願いねー」
俺の手に握らせてきた。
「……任せろ。超絶おいしく作ってやる」
「その二つはもうほとんど完成品だけどね」
うふふと笑いながら母さんはエプロンを壁掛けから取ると、慣れた手つきで身につけた。
ケーキ作りを託された。
俺は二つの材料のほか、皿にナイフにヘラに……と道具も抱えて、空音を呼びに向かった。
空音はにこにこ顔で、飾りつけの成果を父さんに報告していた。
「クリスマスツリーはここだぁ! っておにいがワガママだったんだよ!」
「そうだな。光紀はワガママな奴だな」
「そうなの! おにいはホント子どもなんだよぉ!」
公然と俺の悪口を共有している二人の間に、強引に割り込んでいく。
「俺はワガママだから、ちょっと空音を借りてくぞ」
「え、なに、なんか面白いこと⁉」
「一緒にケーキ作ろう」
「やりたい!」
置いてきぼりと化した父さんは、しかし微笑みを浮かべている。
すぐに俺の思惑を察したのだ。
「味見には参加させてくれな」
「完全に市販のだけど」
「つまり味は保障されていて、おれは空腹に飢えているってことだよ。まあしばらくママの手伝いをしているから」
「おけおけ」
「おう」
話をする俺たちに退屈したのか、空音が俺の腹の辺りにぎゅっと抱きついてきた。
こんな風に甘えてくる空音も素晴らしく可愛い。空音に恋人がいる疑惑はただの勘違いで、もしや俺のことこそが好きなのではないかと自惚れてしまう。
俺は抱えている一式を片手にまとめると、空いた手で空音の頭をそっと撫でた。
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