12/13 カイトの部屋

 俺の内心をよそに、話が長くなりそうだから場所を変えようとカイトはアパートに招いてくれた。バーから程近い路地の一角は、駅からそこまで離れていないのにしんとしていた。クリスマス前の喧騒も、ここには届かない。

 こざっぱりとしたワンルームで「人工の光でも明るいのは苦手でな」と少し暗めの照明を灯した。


「飲み直しながら話そう」

 カイトは安いウイスキーとグラスをテーブルに置いた。目の前で同じボトルから注いだはずなのに、カイトのグラスに入っている酒はとろりとした蜜のように見えた。その甘さごと唇を吸いたい気持ちを何とか抑えつけた。

 隙あらば口説き落としたいけど、それにしたって心の距離をもう少し縮める必要がある。とりあえず促されるままに話すことにした。

 呪いについて詳しく、と言われてもバーで語ったことがほとんど全てで、同じことの繰り返しにしかならないけどと前置いて俺は自分の身に起きたことを振り返っていった。


 パッとしない割に暑さだけは主張の激しい夏が暦の上では過ぎて、でもしつこくジリジリ居座るもんだから何かとイライラすることが多くて、そんな俺を見かねてヒモの浩二が季節外れの肝試しを提案してきた。

 家から車で三十分ほど西に行ったとこにある郊外の空家で、何てことない二階建ての一軒家だった。着くまでの道中で一家心中だか殺人事件だかがあったと来歴を聞かされたけど、全然興味なかったから覚えなかった。

 ところが行くまではノリノリだったクセに、空家の前に車を止めた途端に浩二が怖気付いてゴネ出した。「ここはマジでやばい」「絶対何かいる」って車から出ようとしない。

 俺は霊感とかからっきしで何も感じなかったし、ここまで来て何もせずに帰るのが癪で、浩二を車に残して俺だけ一人で中に入ったんだ。

 懐中電灯片手に侵入して、玄関から各部屋見て回ったけど古くて荒れた家くらいにしか思わなかったな。

 で、飽きて帰った。車に戻ったら、浩二の方が幽霊に会ったみたいに青い顔して震えてて宥めるのが大変だった。

 家に帰ってからもずっと辛そうにしてるもんだから気分アゲてやろうと思って、あいつの好きな菱縄縛りスペシャルで抱いてやったんだ。それがあいつとの最後のファックになっちゃったな。


「最後に良い思いさせてやれたならせめてもの救いなんじゃねえの……で、やっぱりあそこか。有名な心霊スポットだ。お前にかかった呪いについても大体わかった」

 俺が話してる間にカイトの前の灰皿には数本の吸い殻が折り重なっていた。


 カイトの話によると、くだんの家には夫婦と子供の三人一家が暮らしてたけど、亭主の方の浮気癖がひどくしょっちゅう嫁さんを泣かしていたらしい。でも嫁さんの方が旦那にぞっこんで別れずに耐え忍んでいた。

 それを良いことに、亭主はどんどん増長した。嫁と子供が留守の時なんか自宅に浮気相手連れ込んで昼間から乳くりあう始末。ある日その浮気現場に出会した嫁さんがとうとうキレて、亭主の局部を切り落とした。浮気相手の方は滅多刺し、勢いで子供も殺して最後に自分の首も吊ったそうだ。亭主はその場では息はあったらしいが、大量に失血したのと諸々のショックのせいで結局亡くなった。

 クローゼットの奥で揺れてた女の手には、亭主から切り取ったイチモツがきつく握りしめられていたらしい。

 以来、嫁さんの強い怨念が残っているのか、あの家に入った男には「性交相手が死ぬ」呪いがかかるようになった。


「……理不尽な呪いすぎる」

 凄惨なエピソードに股間が縮み上がる思いだった。事件の原因が男の浮気性のせいなことが余計に身につまされた。

「まあ呪いってのは理不尽なモンだ。今回のがやたらと癖が強いってだけで」

「取り殺されなかっただけマシなのかもしれないけど、当事者としては勘弁してくれって感じだよ」

 改めて、何て呪いをかけてくれたんだと恨めしい気持ちになった。


「……で、ここからが本題だ」


 しょぼくれて項垂れた俺の頭に、軽やかな声が降ってきた。

 思わず顔を上げた。声に似合わない鋭い目線。左の頬に一筋、後れ毛が貼り付いているのが目に入った。カイトの口角が上がり、よこしまな笑顔が広がっていく。


「抱いてほしい」


 紅い瞳が、一際ひときわ強く輝いた気がした。

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