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 私の名はキリヤ。代々続く由緒正しきヴァンパイアハンターだ。

 吸血鬼であるカイトを追って日本中を駆け巡ってきた。殺すためではない、生け捕りにするのが目的だ。

 吸血鬼は基本的には不死だ。吸血鬼を殺すには、同じ吸血鬼か、吸血鬼と人間の混血であるダンピールの血に宿る力が必要だ。


 ヴァンパイアハンターを務める我が一族には、吸血鬼を殺す力を得るために、捕らえた吸血鬼を犯し子を成す習わしがある。

 例に漏れず私も母親が吸血鬼のダンピールである。

 私の妹とつがわせるため、カイトを捕まえることが今の私に命ぜられた任務だ。もちろん子をもうけた後にはきっちりと殺す。

 カイトはあらゆる方法を使って私の前から逃げ続けていたが、ついに居場所を特定した。

 地方都市の外れにひっそりと佇む洋館……を模した、いわゆるラブホテル。使い魔の報告によれば、その建物の奥にカイトがいるらしい。

 深夜にさしかかる頃、つまり恋人達が聖夜の逢瀬を重ねるにはふさわしい時間帯にも関わらず人気ひとけはなかった。微かに流れるクリスマスソングも、チープできらびやかな飾り付けも、どこか空々しい。静けさを好むカイトの仕業だろうが、余計な騒ぎを避けられるのはこちらにとっても都合が良かった。

 勇んで向かった最奥の部屋には、ベッドではなく黒い棺が物々しく鎮座していた。思わず舌打ちが漏れる。

 潜伏先も、寝床も、全てにおいて趣味が悪い。半分とはいえ自分にも同じ種族の血が流れていることが忌々しかった。生かすことなくこの場で殺してしまいたい。棺ごと杭で貫いてしまえばそれで終わるものを、課せられた使命がそれを許してくれない。私はいい加減、この追いかけっこにんでいた。うんざりしながら蓋を開ける。


「クソ、遅かったか……」

 中に横たわっていたのは吸血鬼ではなく一人の青年だった。この男は誰なのか、何故ここにいるのか。興味もなかった。カイトにまた逃げられてしまった事実だけが私を苛立たせた。

 青年は程なくして瞼を開け、眩しそうにこちらを見た後、おもむろに身体を起こした。私はそれを無視して、室内を検めた。逃亡先を知る手がかりをあの吸血鬼が残すはずはないとわかっていても。

 急ぎ使い魔を飛ばして、吸血鬼の足取りを追わねばならない。またしても。そう、またしても、だ。殺せるのならこんな遅れをとることはないのに。生かして連れ帰らねばならないことが重い枷となっている。一族のため、家のためではあるが……。

「……あの」

 唇を噛んで思案している私に、謎の青年は声をかけてきた。

 身代わりとしてどこからか攫われてきたのか、見たところただの人間だ。吸血鬼やその眷属であれば、ダンピールである私に感知できないはずがない。術で手がかりになる記憶など残っていないだろうが、万に一つということもあるか。


「……あー……君は、何者だ? どうしてこんな、棺の中にいたんだ」

「貴方に出会うため、だったんだと思う」

 青年は私の両手を握ると熱っぽい視線を浴びせてきた。

「は?」

「ここで、ずっと待っていたんだ。運命の人に出会えるのを。そうしたら、貴方が来た」

「えっ……ちょっ」

 

【離れなさい】


 思わぬ返答にペースを乱されそうになったが、私は気を取り直して青年に魅了をかけた――はずだった。私の命令に従い、聞かれたことにだけ答えるように。なのに男は尚も私の顔を覗き込む。

「綺麗だ。瞳の中に、星が瞬いているようで」

 術が効いていない?

 吸血鬼由来の容姿の良さのおかげで、口説かれることには慣れている、でも全て魅了の術で躱してきた。ただの一目惚れ程度なら術の方が打ち勝つはず。

 術が効かない人間自体は珍しくない。そういう者は他の深刻なこと、それこそ人生をかけるような復讐心や絶望などで頭が一杯で術のつけ入る隙がないのだ。でも目の前の男にそんな悲壮感は微塵も感じられない。

 ということは。

 この男は私のことで頭が一杯になっている、つまり本当に私を愛してしまったということなのか……?

 術をもねじ伏せるほどの想いを、私に……?


 ヴァンパイアハンターの家に生まれ、その職務に人生を賭けることが自分の使命だとこれまで信じて疑わなかった。寄ってくる有象無象も、家柄か表面的な美しさしか見ず、個人としてのキリヤを愛してくれる者などいなかった。家族でさえ。

 今回のカイトの確保が終われば、親が決めた婚約者と結婚することが決まっている。

 でも。

 この男となら。

 一族の駒・人形としてでなく自分の人生を生きられるのかもしれない。

 そう思うと、仔犬のように懐っこい物腰の男のことがどんどんチャーミングに見えてきた。


「……君の名前を、教えてほしい」


「ミチオ。“倫理”の“倫”に、“おす”って書くんだ」

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