12/13 カイト

 倫雄みちおにバーで声をかけられた時は、新たなヴァンパイアハンターが現れたのかと本気で身構えた。

 一人でゆっくり飲みたい気分だったから、魅了を応用して他人がオレに寄り付かなくなる術をかけていた。人間に好まれやすい容姿であるのは狩りの時には役立つが、身を隠したり目立ちたくない時には逆に不便で、この術のおかげで人間社会に溶け込んでいけた。

 まあ例外はあって、魅了を打ち破る人間はこれまでにも何人かいた。だが、そういう奴は大抵何か強い想い――悲しみであったり、復讐心や使命感、そういったのっぴきならないもの――を心に抱えていて、近づく前からただならぬ雰囲気を漂わせているものだ。

 でも、倫雄は違った。ごく自然な様子でバーの扉を開け、こちらの存在を認識すると、迷いなく近づいてきて隣に座った。

 予期せずパーソナルスペースに入りこまれたのは初めてだった。一体何者なんだこの男は。

 倫雄の話を聞くうちに、その謎は解けた。

 この男、吸血鬼の魅了が通用しないぐらいに強い志を持っている。


”という確固たる想いを。


 そして今、猛烈にオレを抱こうとしている。オレを求めている。だが決して主導権は渡さない、という鋼の意志が全身から滲み出ていた。

 この男の強靭な魂、使えると思った。

 さらに、倫雄がかかってしまった呪いが、オレの悲願を成し遂げる切り札になることを確信した。

 この男の力を借りれば、宿敵であるキリヤとその一族に復讐できる。

 ヴァンパイアハンター。

 忌まわしいその一族によって、オレの母と姉は奪われた。

 天敵としてただ殺されるだけならまだしも、嬲られ孕まされ同族殺しの片棒を担がされたのだ。死に様も無惨なものだった。

 許さない。

 何百と年月を重ねようと、あいつらを根絶やしにする。

 そのためなら、どんな手段だって使う。


 オレは自分の境遇と思惑を倫雄に打ち明けた。

 お前にかかっている呪いは不死のオレには効かない。でも、ヴァンパイアハンターになら効く。ダンピールには人間の血が入っているからだ。

 オレを抱きたいなら喜んでこの身を差し出そう。だけど、その前にヴァンパイアハンター達をその呪いで殺してほしい。

 あいつらの死を見届けてから、連中を屠ったそのをオレは味わいたい。


 話している間、倫雄は神妙な面持ちで耳を傾けていた。

 不思議な心境だった。

 壮大な計画を成功させるためには、倫雄自らがオレに協力したくなるように説得しなければならない。一時の興味で終わらせず、惹きつけ、途中で裏切ることがないように心を掴む。オレは生まれて初めて、誰かを真剣に口説くということをした。オレを慕ってほしいと思った。

 こちらが話している間、倫雄はオレの顔から首や髪、指先に視線を這わせた。そして伏目がちになり、自分の手の中のグラスを見つめた。

 表情が見えなくなり、一気に不安が広がった。魅了を使わずに人間を虜にする方法を習得してこなかったことを後悔した。殺すだけであれば腕力だけでどうにかなってきたから。


 オレは全てを話し終え、言葉を切った。喉は貼り付いて、潤そうにもグラスの中はとうに空だった。

 束の間の沈黙が居座る。倫雄がゆっくりと顔を上げる。視線が絡まりあった。バーで見せたにやけ顔と打って変わって、真剣な眼差しに真っ直ぐ射抜かれた。

 心地良さがあった。何の術も使わずにこの男の視線を独占していることに、優越を感じた。

 魅了にかかった人間は、こんな心持ちなのかもしれない。


「わかった」


 倫雄は、一度頷いた。自分よりずっと非力な生物のはずなのに、その所作が何よりも頼もしく思えた。


「抱くよ。ヴァンパイアハンター、全員」


 倫雄の右手がオレの頬に触れた。いつの間にか貼り付いていた後れ毛をそっと梳く。


「アンタが望むなら、俺はローマ法王だって口説いてみせる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る