イトシキ ミチヲ

惟風

12/13 バー

 面白半分で心霊スポットに行ったら呪われたらしくて、俺と寝た相手はその直後に死ぬようになった。

 飼ってたヒモの浩二は寝室のドアノブにぶら下がっていた。セフレの徹は翌週駅のホームから落ちてミンチになった。

 三週間後にナンパしたチンピラはトラックに轢かれた。

 気味が悪くなってお祓いに行った先の神主がタイプの顔で、除霊そっちのけで口説き倒した。もちろん翌日神主は死んだ。通りすがりの薬物中毒者に刺された。

 もう俺はダメだと思った。

 そんな時、アンタが現れたんだ。

 コイツしかいない、と思った。


「だから付き合ってください」

「その話の流れでどうして口説けると思った」

「ダメかー」


 眉間に深い皺を刻んで、その男は短くなってきた煙草をひと吸いした。長い睫毛が頬に影を落としている。

 死なない男となら心置きなくヤれると思ったのになあ。

「不死とか言われてるけど、死ぬ時は死ぬんだよ」

 そいつは男にしては長い髪を軽く耳にかけた。フワリと甘い匂いが煙草に混じって鼻先をかすめて、俺の脳を鈍く痺れさせた。


 吸血鬼、だそうだ。カイトと名乗った男は確かにそう言った。


 フラッと入ったバーのカウンターに陣取っていた男。

 ただ座って酒飲んでるだけなのに、そこだけ美術館かよって雰囲気になってた。芸術作品? 彫刻? とにかくあまりにもサマになりすぎてるせいか逆に誰も近寄れないって感じで、“孤高”てのはこの男のためにある言葉なんだなと思った。

 まあ俺は隣に座るんだけど。

 男はびっくりした顔して俺のことを見た。誰も近づいてこない中でいきなりそばに来たんだからそりゃそうかって思った、でもそれにしては驚き方が尋常じゃない感じがした。

 見れば見るほど顔が良くて、声も綺麗で、呪われてなかったらどうにかしてモノにしていたと思う。

 抱けないまでもお近づきになりたくて、あれこれ話しかけた。

 そしたら向こうから自己紹介してきて、冗談みたいなテンションで自分は吸血鬼なんだ、って。

 これが他の奴の言うことなら「は?」の一言で終わらせたけど、カイトの言葉にはすんなり受け入れられる説得力があった。

 薄暗い店内でもわかる青白い肌とか、人間離れした――実際人間じゃないのにこの形容すんの最高に頭悪くて最高に俺――美貌とか、真っ赤な瞳とか。カラコンかもしれないけど。


「まあ、お前と寝たくらいではさすがに死なないだろうけどな」

「えっそれなら一回くらい」

「まあ待てって、落ち着けよ」


 土下座せんばかりの勢いで性交を持ちかける俺をカイトは右手を上げて制した。シンプルな黒いニットの袖から覗く手首が眩しい。

「お前にかかった呪いについて、ちょっと興味がある。もう少し詳しく聞かせてくれないか」

「わかった、それじゃあピロートークでゆっくりと」

「……前のめりな姿勢は嫌いじゃねえよ」


 薄く苦笑いしたその表情がちょっとあどけなく見えて、作り物めいた綺麗さの奥にある等身大のカイトを感じた気がしてよりグッときた。

 これが最後のひと押しになって、俺の本気に火を点けた。

 生まれて二十数年、抱きたいと思った奴は絶対に抱いてきた。金も腕力も使わない。褒めて頼って宥めてすかして上げて落として下から媚びて、押して引いて離れて寄って。どんなに時間をかけても、最後には向こうから心と身体を開いてくれるまで。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る