ミッション・インポッシブル
定時退社時間の夜六時になって、間宮アンは強羅課長と北里、常本係長に連れられて飲みに行った。歓迎会という名目らしい。
オッサン連中相手でも物怖じしていないアンの様子は桜花ヒナタと通じるものがある。「美女」というのはそういう場数を踏んでいるのか。それとも嫌な顔をしないという精神力も含めて「美女」という存在になれるのだろうか。
うるさい上長たちがいなくなって、フロアの雰囲気は解放感が漂っていた。珍しく雑談や談笑の雑音が時おり聞こえてくる。
シンヤは息抜きがてらにクロウの席に向かった。隣の空いている常本係長の席に座る。
「どうだね、調子は」
シンヤが声をかけたが、クロウは一心不乱にキーボードを叩いている。
「どうしたんだよ。珍しく真面目になっちゃって」
「先輩。人は生きる希望が湧くと何事にも真剣になれるんですね」
「は? どうした」
「運命の出会いです」
「へ?」
「好きになってしまいました」
「ほ?」
「間宮アンさんに一目惚れしてしまいました」
「分かるわー。おれも――」
シンヤは言葉を飲み込んだ。
――まて、シンヤ。これはお茶らける場面じゃねえぞ。いつになくクロウがシリアスだ。
「え、先輩もですか」
「い、いや」
クロウに機先を制される形になってしまった。いや、それだけじゃない。ここでアンにも気があることを認めてしまうと、我ながらあまりにも節操がない。シンヤはサヨとはなんとなく良い仲になりつつある。しかしアンの可愛さと若さは魅力的すぎる。
それとヒナタの存在だ。二人の方向性は違うが、美人という点ではヒナタはアンに負けていない。世間一般的にはヒナタの方を美人というのかもしれない。ただ、ヒナタには一般人には手の届かなそうなオーラがある。アンの方が友達から付き合いやすい愛嬌がある。
デートで一緒に外を歩いて「これがおれのカノジョだ」と自慢するにはアンが最適なのだ。
トロフィー的なカノジョがほしいという己の傲慢が許されるのか、という葛藤がシンヤの心にはあった。
「やろうぜ! 『
そういえばシンヤは昼休憩にクロウに調子いいことを言っていたことも思い出した。
「な、なに言っちゃ、ちゃってんだよ。おれが間宮さんに一目惚れなんかするかよ」
シンヤは涙を飲み込んで言葉を吐き出した。
「本当ですか」
「お、おう。第一、彼女は若すぎるし、恋愛対象外だよ」
「よかったー」
クロウは胸をなでおろした。
――いや、クロウ。例えおれが手を引いたとしても、このフロアの五十人の野郎どもがライバルだぞ。いや、全世界の男がおまえのライバルだよ。
「じゃあ、『
「おまえ本気かよ」
クロウが潤んだ瞳でシンヤを見上げている。
――や、やるしかねえのか。
まだ自分の中でアンのことを諦めきれていないのに、クリスマスまでにクロウとアンを付き合わせるという絶望的なミッションに挑まなくてはならないのか。
考えようによっては『残業獣』を倒すよりも困難な戦いのように思われた。
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