間宮アン
――か、可愛い。
自己紹介のためにフロアメンバーの前に立った女子。
スポーツをやっていたとうかがえる健康的に引き締まったスタイル。ショートヘアで強調された愛嬌のある顔の中で大きな瞳がくりくりしている。ほのかに浅黒さのある肌が爽やかな印象を与える。
「本日より配属されました、A社の
ハイトーンの声も耳に心地よい。
――アンちゃん、かあ。
ふと視線を感じて、緩みきった顔を向かいの席に向ける。
サヨが赤いフレームの眼鏡の奥の細めた目でシンヤを見つめていた。
――い、いかん。
頭を左右に振って正気に戻った。引きつった笑顔をサヨに見せてから、再び自己紹介中のアンに向き直った。
「年は二十四です。趣味はフットサルです」
――うんうん、いいじゃないの。
「最近、新浦安に引っ越してきました」
――おれと同じ京葉線じゃん。通勤で会うかもしれないぞ。一緒に帰っちゃったりして!
再びシンヤは後ろ姿の女子とオレンジ色のイルミネーションの中を歩く姿を夢想した。いや、今後は明確に間宮アンと手をつないで歩く姿だ。
「まだこの辺りには詳しくないので、是非遊びに誘ってください」
――マジでか! なんて積極的なんだ。いいね、いいね。
アンの一通りの自己紹介が終わった。
「はい、みんなよろしくな。さあ、仕事に戻った、戻った」
北里係長が締めてみんなが作業端末に向かい合う。
シンヤは背後の席に戻って来るアンを目で追った。アンがシンヤに笑顔で会釈する。
――これからは少し仕事が楽しくなりそうだなー。
満足したシンヤがニヤけきった顔を作業端末に向けると、作業端末越しにサヨの顔があった。上目遣いで睨みあげるようにシンヤを見ている。すごい形相。
――ひいっ! 怖い!
シンヤの背後が騒がしい。
アンの席に
強羅課長の銅鑼声が響く。
「おまえのフットサルチームには男はいるのかよ」
強羅はもういきなりアンのことを「おまえ」呼ばわりだ。ブルドーザー並みの強引な距離の詰め方だ。
「はい、います!」
「やりたい放題じゃねえか」
「あはは!」
アンは物怖じせずにはつらつと答える。
まだアンは強羅課長の怖さを知らないのだ。配属直後の最初はたいていみんな元気がいい。だが、仕事の過酷さと強羅の恐怖を知るにしたがって、みんな淀んだ目になっておとなしくなる。
シンヤは近い将来、アンがくたびれた姿になるのを想像したくなかった。
北里と常本が嬉しそうに矢継ぎ早にアンに質問する。
アンの声を聞き逃すまいと、シンヤは耳をダンボにしている。おそらく、フロアの男性連中は全員そうだろう。
「おまえらくだらねえことばかり聞くなよ」
強羅が再び話し始めた。
「間宮が困っているじゃねえか。なあ?」
「いえ、大丈夫です」
アンが元気に答える。
「で? カレシはいるのかよ」
シンヤの体に電撃が走った。このオッサンなんてことを聞くんだ。完全にセクハラでありパワハラだぞ、という気持ちと、課長よくぞ聞いてくれました、という気持ちがせめぎ合う。
アンがどう答えるのか。シンヤは一瞬の時間が永遠のように感じられた。生唾を飲み込む。
「あはは。いません!」
シンヤは天を仰いだ。
――おお、神よ。
なぜだかシンヤは胸を撫でおろした。
「こういうことを質問しねえとな」
へらへら笑う強羅課長に、北里と常本が感心した気持ちを全面に表して囃し立てていた。
「仕事終わったら飲みに行こうや」
「はい!」
アンは強羅の誘いに素直に乗った。
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