後ろ姿の女子
昼食が終わってシンヤはクロウと職場のフロアに戻ってきた。
シンヤの向かいの席ではサヨが本を読んでいた。BL本だろう。サヨはうつむいているが、微笑んでいる表情がシンヤには想像がつく。
昼休憩の時間はまだ二十分ほど残っている。
いつも通りシンヤは昼寝をしようとデスクの上のキーボードをどけて、上半身を突っ伏すスペースを確保しようとした。
近年、昼休憩時に十五分ほど仮眠をとることを「パワーナップ」と称し、午後の集中力アップにつながり、仕事の効率が上がると科学的に証明されているらしい。進んでいる会社は制度として「パワーナップ」を取り入れているという話も聞く。
そんな意識の高い習慣を知ってか知らずか。まあ、シンヤの場合は単に眠気の限界なので本能に従って寝ているだけなのだが。
今まさに寝ようとするシンヤの視界の隅で何かが動いた。デスク四つ離れた左斜め前に座るクロウが必死な顔でこちらを指さしている。
――なんなんだよ、もう。おれの貴重な睡眠時間を邪魔するなよ。
シンヤはクロウが指す背後を振り向いた。
普段は空き席だが、そこに見たことがない女性が座っていた。
ショートヘアからのぞく首筋、白いシャツからうかがえる背中のラインが健康的に引き締まっている。
――なんだ、知らない女性か。
シンヤは向き直って昼寝の態勢に戻ろうとした。
――なぬ!
今度は勢いよく振り向いた。いわゆる二度見をしてしまった。
女性の後ろ姿からはかなりの美女と想像できる。夢でも幻でもない。なぜ、このような美女がこのフロアにいるのだろう。
昼寝なんかしている場合ではない。
シンヤは恐る恐る作業端末を起動してチャットを開いた。
〈あの女子は何者だ〉
シンヤはクロウにプライベートチャットでメッセージを送った。
〈今日から配属されるBPさんみたいです〉
BPとはビジネスパートナーの略称。つまりシンヤたちの会社の下請会社の社員だ。今日からこの職場に出向してきたというわけだ。
シンヤの職場は人の入れ替わりが多い。プロジェクト拡大による補強要員ということもある。だが第一には、ハードな仕事による体調不良や失踪、異動、退職も含めた離脱者の代替要員の場合が多い。
〈おまえ、やけに詳しいじゃないか〉
〈常本さんに聞きました〉
クロウの隣の席は常本係長だ。さすがに情報収集が早い。
〈これは来たんじゃないですかね! 『
〈おいおい、落ち着けよ。まだ後ろ姿しか見てねえし〉
〈いや、あれは相当可愛いですよ〉
〈ハードルを上げるなよ。よくいるだろ、後ろ姿だけの美人って〉
相当失礼なことを言いながらも、シンヤの脳裏に後ろの席に座る女子の後ろ姿が焼き付いていた。意識をするほど背中がむず痒くなってくる。
シンヤは後ろ姿の女子とデートをする自分の姿を夢想する。クリスマスらしくオレンジのイルミネーションに飾り付けられた道を歩くシンヤと女子。
知らぬ間にシンヤの顔はにやけている。
――まさに、C、D、S!
気づけば周囲がざわついていた。いつの間にか昼休憩の時間が終わっている。
「はいはいー。こっちに注目ー」
目立ちたがり屋の北里係長の声がする。
シンヤの背後で人が立ち上がる気配がした。その人は北里に向かって歩いて行く。
後ろ姿の女子だ。
「今日から配属されたA社の社員さんを紹介するぞー」
シンヤは北里の横に立つ女子に目を向けた。
――はうあ!
シンヤは思わず心の中で声をあげた。
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