倒れろよ
一発。
異形が叫ぶ。
もう一発。
異形の体にできた傷から赤透明な液体が吹き出す。血液のようなものか。
さらにもう一発。
異形が嫌がるような仕草でさがる。
効いている。
シンヤの黄金の拳は異形に確実なダメージを与えている。
「この辺で倒れるか逃げるかしてくんねえかな」
パンチの構えをとった瞬間。
異形の姿が消えた。
「え!」
いきなりシンヤの真横に異形が
殴られた。
これまでよりも強力な一撃。サッカーボールの速球が頭に当たったような衝撃。眼前に火花が散った。
天地が逆転し、シンヤの頭はホームにめり込んでコンクリートを削り取った。
――速い。これまで本気を出してなかったってことかよ。
シンヤはよろめきながら立ち上がる。
異形がまた消えた。
今度は目の前に現れた。
瞬間移動とは思えない。シンヤの目で捉えられないスピードで移動しているのだ。
異形はそのスピードを乗せて肩でシンヤにタックルする。
シンヤは後方に引っ張られるように吹き飛んだ。
屋根を支えている金属の柱に激突。柱が大きく曲がった。屋根も傾いている。
「ってえ……」
体の痛みや
ボディスーツの防御力を超える攻撃を異形が与えて来ている。
また異形が消えた。
――集中しろ。目を凝らせ。
あの時、ロドリゲスさんのパンチがゆっくり見えた。その要領だ。
ボディスーツのパワーを動体視力に集中させる。
右からシンヤに向かって移動して来る赤い巨体を視界に捉えた。
――見えた!
異形がシンヤの目の前に立った。
――そこ!
シンヤが黄金の拳を異形に叩き込む。
「グロロー!」
異形は苦鳴のような咆哮をあげて背を向けた。
「うおお!」
シンヤはパンチの高速連打で追い打ちをかけた。今や両拳が黄金に輝いている。
「倒れろよー」
シンヤのパンチのラッシュを受けて丸まってうずくまっていた異形の体が突然伸びあがった。巨大な拳が繰り出されてシンヤの顔を打ち抜いた。
マシンガンの攻撃を受け切ってから満を持してのロケット砲の反撃だ。
そのままシンヤは大の字に倒れた。
異形が仁王立ちをしている。シンヤの黄金の拳で刻まれた傷が消えて行く。回復しているのか。
「マジかよ」
息が上がり始めている。疲労を感じる。
「何かねえのか」
倒れたまま左右に頭を動かす。両手の黄金の炎がまだ消えていない。
この炎だけが唯一、あの異形にダメージを与えていた。だが、すぐに回復してしまうようだ。
――もっと強力な炎をあの化物にぶつけることができれば。
その時――。
シンヤの全身が黄金に輝いた。金色の炎に包まれていた。
「こ、これは」
シンヤは立ち上がって異形と対峙する。
「これだ。この体をあの化物にぶつけることができれば」
シンヤの体からさらに炎が噴きあがった。
「イメージしろ。この炎をあいつにぶつけてやるんだ!」
シンヤの視界が黄金で満たされた。
黄金に輝く道が真直ぐ伸びている。
シンヤがその道に一歩を踏み出すと、シンヤの体は輝く道を滑るように飛んだ。
黄金の流れに身をまかせた。
視界が元の駅のホームの風景に戻る。
シンヤは瞬時に異形の立つ位置を通り越して移動したようだ。
「やったか」
シンヤが振り向くと異形が背を向けて立っている。
右の二の腕の先から黒い灰が広がり、塵となって消えて行く。
効果があったことを直感的に認識した。
「腕だけか。次は外さねえ、体ごと消してやる」
シンヤの体が崩れた。
体に力が入らない。大きな自分の呼吸音が聞こえる。息が切れているのだ。
異形が近づいて来て残った左腕でシンヤを裏拳で殴る。
シンヤの体は階段の方に転がった。
左手首に振動を感じる。
目を向けると、普段スマートウォッチを巻いているあたりのスーツ表面に光る表示が現れている。スマートウォッチが埋め込まれているようだ。
『ZSP』の円形のゲージの一部が点滅して円が欠けそうになっている。
「これは……」
目の前を黒い灰が流れた。涼しい夜気を肌に感じる。
顔の右半分のマスクが剥離したのだ。素顔が露出している。
「まさか、変身が
異形に目を向けると、シンヤに向かって近づいてくる。
ボディスーツなしではあの化物には勝てない。
殺される――。
「う、うわああ!」
シンヤは絶叫した。尻もちを着いた姿勢で後ずさった。
「よく頑張ったね」
この状況にふさわしくない穏やかな声にシンヤはすぐには気付かなかった。
倒れた姿勢のまま背後の声を見上げる。
ビジネススーツ姿で銀縁の眼鏡をかけ、頭頂部が禿げ上がっている小柄なサラリーマンが立っていた。
「か、課長!」
シンヤにスマートウォッチをくれた課長のおじさんだった。
「そのスマートウォッチを貸しなさい」
「え、でも」
「早く。わたしたち二人ともここで死にたくなければ」
課長の落ち着いていながらも口ごたえを許さない迫力に、シンヤは変身を解除していた。
慌ててスマートウォッチを外して課長に手渡す。
課長は前方から近づく異形を見据えながら冷静な動作でスマートウォッチを左手首に巻いた。
「見ていなさい」
課長のおじさんはシンヤにそう言うと前に進み出た。
「
課長の体をボディスーツが包んだ。シンヤのボディスーツと同じデザインだが、シンヤの黄色の模様の部分が、課長は茶色だ。
「課長。あなたも……」
「これが『残業マン』だ」
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