異形の力
相手チームのディフェンスがクリアミスしたサッカーボールがゴールポストの方に転がっている。
小学六年生の時の地区大会決勝戦。
シンヤは全力でボールを追いかける。
ボールはゴールポストの前を通り過ぎた。ゴールラインを越えて外に出てしまう。
シンヤは精一杯右足を伸ばす。
足を当てるだけでボールはゴールに入るはずだ。
だが、足は届かない――。
「は!」
シンヤの意識がはっきりした。
夢を見ていたのか。気を失っていたのか。
両手をついて上半身を持ち上げた。
思い出した。
異形が近づいて来て不意にビンタを喰らったような衝撃を受けた。そして体が吹き飛んだのだ。
初めて変身した時に受けたロドリゲスさんのパンチの数十倍の威力がある。
だが、痛みはほとんどない。ボディスーツのおかげだろう。
顔をホームの端の方に向ける。
――やっぱり夢じゃねえよな。
赤い異形がゆっくり歩いてシンヤに向かってくる。
状況的にシンヤの意識が飛んでいたのは、幸いにもほんのわずかの時間だったようだ。
「くそが! なんでおれを攻撃してくるんだよ」
シンヤは立ち上がって、両拳を持ち上げて見よう見まねのファイティングポーズをとる。
「人なんて殴ったことねえのに」
最後に喧嘩をした記憶なんて保育園の頃のものだ。それも髪を引っ張ったり、つねったり、引っかいたりといったレベルだ。
ヤンキーでもボクシング部でもなかった。なにかを殴る技術なんか持っていない。
異形は無防備に目の前まで迫ってきていた。
――チャンスはここだ。奴が動き出す前にやらなくては!
シンヤは右の拳を突き出した。
「だりゃ!」
右ストレートが異形の左胸あたりにめり込んだ。異形の動きが止まった。
意外にも堂に入ったパンチを繰り出すことができた。ボディスーツの性能だ。頭でイメージした動作に合わせて体の動きをコントロールしてくれているとしか思えない。
――これで逃げてくれたら嬉しいんだけど。
異形の手が動いた。まだ攻撃する気だ。
――だめかよ。それなら一気に叩き込むしかねえ!
ボディスーツに指示を出すように強くイメージする。
同時に体が動いていた。
もう一発右ストレートを放った。命中。
今後は休む間もなく左ストレート。命中。
間髪入れずに右、そして左。
シンヤの体はマシンガンのように両手でパンチを撃ち続けた。
十発、二十発。波状攻撃は止まることはない。
プロボクサーにも、いや人間には不可能な動きだ。
「いっけえ!」
異形が後退する。
シンヤの攻撃が
異形の背が自動販売機にぶつかった。
自動販売機の明かりで異形が背後から照らし出される。
「化物があ!」
さらにパンチの連打。
だが。
――効いているのか。
異形の体は表面がぶ厚いゴムに覆われていて、その中には硬い岩石があるような感触だ。
その岩石にはダメージが届いていないのではないか。
そう考えると、シンヤのパンチの破壊力にも疑いが生じてくる。
不意に異形が体を左に傾けた。
シンヤの左パンチが逸れて自動販売機に当たった。
金属がひしゃげる破壊音とともに、自動販売機の真ん中あたりが陥没して上下が二つに折れた。
かろうじて原型をとどめている取り出し口から次々と缶が転がり落ちて来る。本体の裂けた部分から缶の中身の液体が大量に溢れだしてホームを濡らし始めた。
「すげえ破壊力じゃん」
シンヤのパンチ一発で自動販売機が破壊された。
そのパンチの連打を浴びていた異形はほとんどダメージを受けていないように見える。
「不死身かよ」
またビンタの衝撃。シンヤの体が吹き飛んだ。
異形のパンチだ。
シンヤはホームを滑ってさきほど衝突したベンチにぶつかって止まった。
その衝撃でベンチをホームに固定していた残ったボルトも外れる。
今度はシンヤはすぐに立ち上がる。
体に痛みはない。異形もタフだが、シンヤのボディスーツの性能も驚異的だ。
「上等だよ」
シンヤはベンチを軽々と持ち上げる。
「うおお!」
大きな声を発しながら異形に向かって突撃。ベンチを振り上げてから異形の頭部に叩きつけた。
ベンチはバラバラに壊れた。
まだ異形は平気で立っている。
三度、ビンタの衝撃。そのままホームに叩きつけられた。
――くっそう。まるでツイてねえし。
桜花ヒナタとランチを一緒に食べてから、からっきしツイていない。
彼女の笑顔、いい香り、そして怒った顔。
こっぴどく嫌われたのに未練があるのか。そりゃあ、ある。
「一生懸命やったのかな」
心の中で幼い頃のシンヤが声をかけてくる。
シンヤが足を伸ばす先で転がるサッカーボール。
「あの時、おれは全力を出していたのか……。今は」
不意に紅月サヨの姿が思い浮かんだ。
「夜神くん、ありがとう。今度お薦めの本を貸しますね」
頭の中でサヨの声が蘇る。
シンヤは立ち上がった。
「なんでこんな時に紅月さんを思い出すんだよ」
右手を見る。右拳が黄金に輝いていた。金色の炎がまとわりついている。
「なんだこれ」
シンヤは右拳をまじまじと眺める。熱さは感じない。むしろ拳から炎が吹き出しているようだ。
「グロロー!」
異形が飛びかかって来た。
「やるしかねえ! ダーッ!」
シンヤは黄金の拳を異形に叩き込んだ。
拳が異形の分厚い皮を貫いた。赤く透明な液体が噴き出した。
異形が貫かれた箇所を両手で押さえて後ろにさがった。
シンヤの拳はまだ黄金の炎に包まれている。
「これなら行けるぜ」
シンヤは異形に向かって行った。
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