私の婚約者は強面かつハゲですが何か?

アソビのココロ

第1話

 きゃあああああ!

 緊張する緊張する!

 何故私クレア・バジョットが緊張するかですって?

 婚約を前提とした顔合わせだからですよ。

 しかもお相手は現代の英雄、『シャイニングウィザード』の異名を取るムトー・バーナンキ様!

 これが興奮せずにおれましょうか?


 ムトー様は魔道士らしからぬ筋骨隆々とした偉丈夫です。

 『シャイニングウィザード』とは閃光魔術を得意とするからの異名で、特に大物の魔物が現れた時に出動すると聞いています。

 ムトー様の活躍のおかげで、最近は魔物による被害が激減しているそうです。

 ムトー様は功績によって最近男爵に叙爵されました。

 ああ、そんな輝かしいお方にお会いできるなんて!


「やあ、待たせたな」


 きゃあああああ! いらっしゃった!

 凛々しいヒゲ、輝く禿頭、紛れもなく『シャイニングウィザード』ムトー様です!

 いけない、淑女らしくしないと!


          ◇


 ――――――――――ムトー視点。


 俺はハクスライル侯爵家の庶流だから、決して血筋は悪くない。

 功績により男爵とバーナンキの姓も賜ったし、前途洋々とも言える。

 ただなあ。


『威圧感が強過ぎます』

『魔王かと思いましたわ』

『本当に二五歳ですの? 五二歳でなくて?』

『ハゲもマッチョも好みではなくて』


 我ながら魁偉というか怪異というか。

 戦場や魔物相手には頼りになると言われるごつい容貌も、貴族の令嬢相手じゃとんとウケないのだ。

 まあ昔から家族以外の女性には怖がられるのが常で、世間話以上の話などしたことがないからわかっちゃいたが。

 かと言って王都を留守にすることの多い俺が、令嬢を喜ばせるような話のネタを持ってるわけもなし。

 自然と二五歳まで独り身だ。

 気楽だしずっと独身でもいいかと思っていた。


 事情が変わったのは爵位を得たからだ。

 何でも王国の藩屏たる爵位持ち貴族が婚姻しないことは不忠に当たるそうで。


 俺だって相手がいれば結婚するんだが、紹介してもらった令嬢にはことごとく逃げられている。

 特にいかつい顔とハゲがよろしくないようだ。

 『シャイニングウィザード』なんて大層な異名で呼ばれちゃいるが、俺の頭がシャイニングだからだろうと疑っている。


 さて、今日の見合い相手はクレア・バジョット嬢……こりゃムリだ。

 一六歳でまだ学院在学中、しかも伯爵令嬢じゃないか。

 何でこんな話が俺のところへ?


 ああ、もう来ているな。

 魔術で視力強化して……あれ? かなり可愛い令嬢なんだが。

 素行が悪いとかの問題を抱えた子なのかな?

 まあ俺の顔を見れば逃げ出してしまうか。


          ◇


 ――――――――――クレア視点。


「私はムトー様の大ファンなのですっ!」

「そ、そうなのか?」

「特にバリ沼沢地のヒドラとの戦いは、繰り返し新聞を読ませていただきました!」

「ああ、あれは最も難しい戦いの一つだったな」


 ああ、楽しい!

 まさかムトー様の武勇伝談義を本人とできるとは!

 学院で私は魔道クラブに所属していますので、部員の皆さんとムトー様について熱く語り合うことはありましたけどね。


 さっきから私の侍女がやめろやめろというサインを送ってきますけど、やめられるわけがないではありませんか。

 えっ? そろそろ時間? もう?

 がっつき過ぎてムトー様に引かれ、嫌われたら本末転倒?

 そ、それもそうですね。


「名残惜しいですが、時間だそうで」

「む、クレア嬢。楽しい時間を過ごさせてもらった。礼を言う」

「礼だなんて」


 ムトー様の武骨で重厚な物言い。

 とても聞き上手でいらっしゃいますし、やはり素敵な方ですわ!


「また会いたいものだな」

「私もです。よろしくお願いいたします!」


          ◇


 ――――――――――ムトー視点。


「クレア・バジョット伯爵令嬢、か……」


 先日の見合い相手のことを思い出す。

 大層魅力的な少女だった。

 しかも魔道に関する造詣がなかなか深い。

 話をしていて楽しいと思ったのは初めてではなかろうか?

 というか女性と長時間話をしたこと自体が初めてだった。


 いや、ああした顔合わせの嗜みとして、盛り上げ方を心得ているのかとも思った。

 それはそれでよくできた令嬢だなと感心するところなのだが、今までお断りの通知は来ていない。

 クレア嬢とバジョット伯爵家について調査させてみたものの、特に問題はなかった。

 むしろ人気のある令嬢じゃないか。

 どうして俺との顔合わせを受けてくれたんだろう?


「……本当に俺のファンなのだろうか?」


 そうだとすると矛盾がない。

 いや、でもな?

 散々令嬢方に避けられてきた歴史が俺のトラウマを抉る。


 冷静に考えろ。

 仮に俺のファンであるというのが本当だとしても、伯爵令嬢だぞ?

 もっと高位の、例えば侯爵令息から縁談があったっておかしくないだろうに、何だって男爵になったばかりの俺?

 あり得るか?


 報告書を放り出す。

 クレア嬢みたいな可愛らしくて話し上手な令嬢が婚約者になってくれたなら、そりゃあ嬉しいに決まってる。

 でもなあ、拒絶されたらダメージデカいわ。


 ……いずれにせよ返事が遅れるのも失礼か。

 バジョット伯爵家に婚約申し込みの連絡を届けよう。


          ◇

 

 ――――――――――学院の魔道クラブにて。クレア視点。


「クレア嬢、あの『シャイニングウィザード』の婚約者になったんだって?」

「本当かよ?」

「本当なんですのよ。私、嬉しくて!」

「すげえ!」


 ムトー様との婚約が成立しました。

 魔道クラブは大盛り上がりです。

 ムトー様は大人気ですから。


「英雄ムトー・バーナンキに会いたいなあ」

「クレア嬢、会わせてもらうわけにはいかないだろうか?」

「その内に皆さんにも紹介したいわ。でも今はムリね」

「何故?」

「春ですから」

「「「「ああ、そうか」」」」


 冬が明けると魔物が大量発生しやすいのです。

 ムトー様も大変忙しくなっているらしく、私もお邪魔はしたくありません。

 会いたいですけれども。


「近々豊国祈念パーティーがあるだろう? 英雄ムトーに挨拶くらいはできるか」

「参加は難しいと仰ってたんですよ。豊国祈念パーティーも兄にエスコートしてもらうことになりそうです」

「ええ? 残念だなあ」


 私だって残念ですけれども、お仕事ですから仕方ありません。

 兄もお義姉様のお腹が大きくて一人で参加するところでしたから、ちょうどよかったですね。


「ふうん。じゃあムトー様を想起させる小物とかを身に着けるべきだね」

「はい。そこでこれの出番なんですけれども」

「さっきからその袋何? って思ってたんだ」

「どわっ?」


 婚約の印としてムトー様にいただいたものです。

 ムトー様はこんなものでいいのかと仰っていましたけど。

 価値のわかる魔道部員は大興奮です。


「ま、まさかドラゴンの鱗?」

「ファイアードラゴンの鱗です」

「大量! 大量! 一財産!」

「ほとんど傷もないじゃん。どうなってんの、これ?」

「閃光魔術で頭を撃ち抜いて仕留めたと仰ってました」

「マジかよ? 『シャイニングウィザード』はすげえな。どんだけの魔力持ちなんだ」

「いや、すごいのは魔力圧縮技術の方なんじゃないか? ムトー卿の魔術がどれほどの威力なのかは、新聞でも読んだ記憶がないが」

「ムトー様の魔術の本当の威力は伏せられているようなので、他言は無用でお願いいたしますね」

「「「「かしこまりー!」」」」


 真竜種の魔法防御はかなり高いはずです。

 それを一撃で貫通するムトー様の閃光魔術。

 魔力密度が察せられますね。

 我が国と関係の悪い国もありますから、重要な戦力たり得るムトー様の能力が秘密なのも理解できます。

 もっとも退治に同行した騎士達からある程度は漏れるんでしょうけど。


「で、クレア嬢はドラゴンの鱗をどうするつもりなんだい?」

「先輩の魔道具屋で小物でも作ってもらおうかと思っているのですが」

「これだけあれば、ドラゴンメイルとドラゴンシールド一揃い余裕で作れるじゃん」

「さすがにフル戦士装備でパーティーに出席するわけにいきませんので」


 男女の思惑が交差するパーティー会場は、戦場に例えられることもありますけれどもね。

 私にはムトー様という、これ以上ない立派な婚約者がおりますから。


「ショールなんかいいんじゃないか?」

「ああ、いいですね」


 ちょっと見たことないショールに仕上がりそうです。

 ドラゴンの鱗という魔力容量の大きい素材をたくさん使うなら、結構な魔道具にもなるでしょう。

 希代の魔道士であるムトー様からいただいたものとして、恥ずかしくないものに仕上がりそうです。


「先輩なら一〇枚も鱗を提供すれば、きっとタダで作ってくれるぜ」

「早速今日にでも注文してきますわ」


          ◇


 ――――――――――豊国祈念パーティー当日。


「クレア様、素敵なショールですのね」


 ドラゴンの鱗のショールは思ったより注目を集めています。

 ちょくちょくお声掛けいただくので嬉しいです。


「はい、婚約者のムトー様にいただいた素材なのです」

「ああ、『シャイニングウィザード』と婚約なさったということは伺っておりますわ」

「婚約者ともども、よろしくお願いいたしますね」


 大人の方々とはなかなか共通する話題もないのですが、今日は婚約とショールのおかげで話も転がしやすいです。

 ありがたいですね。


 一人あんなハゲマッチョと婚約したの? わたくしは遠慮しましたわと仰る方がいらっしゃいました。

 この方が私にムトー様を譲ってくださったのですか。

 何と御奇特なこと。

 最大限の感謝を込めて、幸せですにっこりと返しておきました。

 すごく微妙な顔をして去っていかれましたね。

 解せぬ?


「もう一曲くらい踊っていこうか」

「はい、兄様」


 兄も気晴らしがしたいと見えます。

 お義姉様の出産が近いですからね。

 気を使うことも多いのでしょう。


 緩やかな音楽が流れ始めます。


「……何の音だ?」

「音?」

「いや、気のせいか」


 ……確かに音楽ではない、変な音が聞こえますね。

 木がきしんだような?

 何でしょう?


 バリバリバリバリ!

 急に大きな音が!

 上から?


「ああっ!」

「危ない!」


 舞台の天井がシャンデリアごと落ちてくる!

 あまりのことに反応できない!

 ゴアアアアアアンンンンン!


「お……おおお?」

「ぶ、無事か!」

「奇跡だわ!」


 私の危機がトリガーとなってショールの魔道具が発動、防御結界を張り、落ちてきた天井を破壊しました。

 踊っていた人達は皆無傷です!


 ……文句を言う筋合いではないですけれども、有効範囲が広過ぎませんかね?

 道理で魔力を溜めるのに何日もかかると思いました。

 いえ、結果として全員が助かったからよろしいんですよ?


 陛下からお声がかかります。


「見事なり! そこな魔道具の令嬢、そなたの名は?」

「ムトー・バーナンキの婚約者、クレア・バジョットと申します」

「おお、そなたが『シャイニングウィザード』の婚約者であったか。ムトー男爵は男の中の男であるのに、しばらく連れ合いが決まらなかったであろう? 心配しておったのだ」


 さすが陛下です。

 ムトー様を男の中の男ですって。

 おわかりでいらっしゃいます。


「して、その防御結界を張る魔道具は?」

「はい、ムトー様のくださった素材を基に作らせたものです」

「つまり、男爵はこの場におらんでもクレア嬢の身を守ったのだな?」

「さようです!」

「素晴らしい!」


 わあ、ムトー様が褒められるのは気分がいいですね。

 私も誇らしいです。


「クレア嬢の魔道具のおかげで多くの者が救われた。皆の者、ムトー男爵とクレア嬢を称えよ!」

「「「「「「「「パチパチパチパチ!」」」」」」」」

「残念ながら本日の豊国祈念の集いはこれまで。また皆の者に出会える次の機会を楽しみにしておるぞ」


          ◇


 ――――――――――ムトー視点。


 魔物退治の出張先から王都に帰還したら、何故だか俺ブームが起きていた。

 命を救われたの素敵な婚約者だの。

 いや、婚約者が素敵なのはその通りなのだが、もう一つ何のことだかわからない内容があるのが気味が悪い。


 口下手というのはこういう時便利なものだ。

 経緯はわからずとも、いつものように何となく相槌を打っていればよい。

 そうしたら、功績を誇らぬ男の中の男などと、また持ち上げられた。

 どういうことだ?

 背中が痒いのだが。


 クレアの説明でようやく合点がいった。


「ほう? 攻撃をトリガーに結界を張る魔道具か」

「はい。学院の魔道クラブの先輩が魔道具ショップを開いておりまして。ムトー様にいただいたファイアードラゴンの鱗を基に作ってもらったのです」

「シャンデリアごと天井が落ちてきたのを防いだのか。バカにならん威力だな」


 個人クラスの魔道具などたかが知れたものだと思っていたが、なかなかどうして。


「素材がすごかったからですよ」

「魔道具も進歩しているのだな」

「そういえば、ムトー様は魔道具には拘りませんよね。無敵の閃光魔術があるからですか?」

「いや、俺は魔道具の素養がないのでな」

「ムトー様の時代の魔道クラブは、魔道具の研究が主流ではなかったのですか?」

「俺は学院時代、魔道クラブに所属してなかったのだ」

「えっ?」


 目を丸くするクレア。

 まことに可愛いな。


「ムトー様ほどの強大な魔力と卓絶した実践魔法技術の持ち主が、魔道クラブ出身者じゃなかったとは。由々しき事態ですね」

「それほどでもなかろう。俺はレスリングクラブだったのだ」

「凛々しいムトー様にピッタリです」

「うむ、健全な精神は健全な肉体に宿るからな。精神力を必要とする魔道士はすなわち、肉体を鍛えねばならぬ」

「なるほど、そうなのですね!」


 ハハッ、俺の持論ではあるが、誰も信じていないのに。

 クレアは素直だな。


「であるにしても、ムトー様が魔道クラブに所属していなかったというのは納得しかねるのですが」

「……今はどうか知らんが、当時は女子部員が数名いてな」

「そういった事情でしたか。ムトー様の取り合いで揉めちゃいますものね」

「……ああ」


 冗談を言ってるのでもからかってる感じでもないな。

 クレアは本気でそう思ってるのか?

 女子部員が脅えるからと、出入り禁止を食らっただけなんだが。

 

「今でも魔道クラブでムトー様は大人気ですよ」

「ほう?」

「皆が私を羨ましがるんです。『シャイニングウィザード』に会いたいって」


 おかしいな?

 俺に会いたい令嬢なんて稀有な例外を除いていないというのは、過去二五年の経験でよくわかっているのだが。


「時間のある時に魔道クラブに足を運んでいただけませんか?」

「もちろん構わんが」

「わあ! 皆が喜びます!」

「ちなみに今の魔道クラブ員の男女比率はどのくらいなのだ?」

「女生徒は私一人ですね」


 納得。

 俺を視界に入れたい女性など、目の前の天使以外にいない。

 クレアがにこっと笑顔を見せる。


「私もムトー様を取られては嫌ですからね。女生徒のいるところになんか連れて行きませんよ」

「安心していい。俺にはクレアだけいればいいのだ」


 すごく嬉しそうな顔をしているが、単なる事実だ。

 幸せはクレアとともに、だ。

 俺は生涯かけてクレアを守り、愛す。

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