第70話  その時、死神は微笑んだ。


 そしてもう一人、こっちに向かって歩いて来る男がいる。それは水崎達に話し掛けている男より随分若い三十歳位の男だった。その若い男に隠れて、三人の姿が視界から消えた。


 男はユウの腕にもたれ掛かっている紅葉を見て、明らかに悲しそうな顔をした。


「……やあ紅葉ちゃん、青葉ちゃん。その男は、誰なんだい?」


「……小野さん」


 すると小野と呼ばれた男を一瞥した紅葉が「この前お話しした、新入部員です」と言った。会話から察するに、どうやら黒木姉妹とこの男は知り合いの様だ。


「君が、犯人を視たっていう部員さんか。 ……ところで、何で二人は腕を絡め合っているんだい?まさか、そういう関係なのかい?」


 小野は、今にも泣き出しそうな情けない顔をして紅葉を見ている。


「ご想像にお任せします、小野さん」


 そして、ニッコリと微笑みを返す彼女。



「……吊り革です」


 ユウは、そのタイミングで口を開いた。


「何だって?」と、小野。


「吊り革の代わりにされているんです!助けて下さい、小野さん!」


 そしてユウはハッキリと、小野に助けを求めたのだった。初対面の人に対して失礼な物言いかもしれないが、そんな些細なことに構っている余裕などない。


「そ、そうなの? 君も、大変だな。何なら僕が代ろうか?」


 ……と、近づいて来る小野と、キッとユウを睨みつけてから腕から離れた紅葉と青葉。



「巡回ですか?小野さん」


「あ、ああ。君達にばかり負担を掛ける訳には、いかないからね」


 しかし一体、三人はどの様な関係なのだろうか?小野と話す紅葉の口調は冷たく感じるし、隣にいる青葉を見れば物凄い形相で小野を睨みつけている。

 そして本当に代るつもりだったのだろう。慌てて引っ込めた、小野の差し出された腕が、……空しすぎる。




 そんな事より……


 自由になったユウは、急いで小野の影になってしまった、いずみ達を見た。するとまだ何か、中年男と二人は楽し気に話し込んでいる。


 そんなユウの様子を見ていた紅葉が、どうしたの?と尋ねて来た。


「い、いえ。ちょっと……」


 その質問に、ユウは小野の顔をチラリと見る。


「小野さんなら、大丈夫。信頼出来る人よ。今回の依頼の事も知っているし、協力もお願いしているわ。彼は県警の刑事さんなのよ」


 すると紅葉が、小野について説明をしてくれた。しかしその説明を聞かされても、ユウの顔から不信感は無くならなかった。 ……刑事?と、明らかに訝し気な表情をしているのだ。


「……初めまして、城西高校二年の如月ユウです。ところで小野さん。あちらの方はお知り合いですか?」


 話しながらもユウの視線は、二人と楽し気に話し込む中年男性に向いている。


「あ、ああ、初めまして。僕は県警一課の小野涼太だ。宜しくね、如月君。……彼かい?彼なら一課長の火東さんだよ。つまりは僕の上司って訳さ」


「……そうですか」


「如月君?」


 ユウの態度に違和感を覚えた紅葉が、視線の先にいる三人の動向を注意深く観察し始めた、そんな時。駅への到着を告げる車内のアナウンスが流れた。


「……ああ、僕達はここで降りるんだ。じゃあ三人共、またね。何かあったら僕の携帯に直ぐに連絡してくれよ、紅葉ちゃん」


 片手を上げた小野は、三人の方へと戻っていった。そして彼が上司と合流し何事かを話し掛けると、火東課長と呼ばれていた中年男性がこちらを振り向き、軽く会釈される。


 ユウも会釈を返すと、二人は並んで電車を降りて行った。その様子を黙って見送っていると、小声で紅葉が話し掛けてきた。


「……如月くん、どうしたの?火東課長が、どうかした?」


「後で説明します。とりあえず、今は水崎を送り届ける事に集中しましょう」


 ユウは水崎達の方を怖い顔で見つめながら、そう返事を返した。

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