第71話 優しい魔女


 水崎翔子を自宅マンションへ送り届けた後、金森いずみを含めた四人で近くの公園へと移動した。そして昨日、缶珈琲を片手に三人で談笑したあのパーゴラの下で、お互いの顔を向き合わせた。


 ……緊張感が漂う雰囲気に、いずみは何事かと不安気な様子だ。



「……さて、如月君。さっきの事、話してもらえる?」


 紅葉が早速、本題を口にした。


「俺の態度でお気付きかと思いますけど、10年前の殺人事件の犯人は火東課長です」


「えぇ!?」


 と、驚きの声を上げたのはもちろん、いずみだ。


「……やっぱりね。貴方の態度から、それ以外は考えられなかった」


 そう紅葉が口にする隣りで、青葉も頷いている。


「……でも火東課長が犯人だとすると、全てが納得出来る。何故、10年前の殺人事件の犯人が特定出来なかったかも、その後に起き続けている若い女性が行方不明になっている事件の犯人が特定出来ないのかも……ね」


 紅葉の言葉に、ユウは頷いた。


「警察の内部事情を知り尽くしている火東なら、どうすれば犯人を特定出来ないかは知っている筈ですからね。……そして残念ながら、俺が被害者の記憶を通して視た犯人の顔は、間違いなく彼の顔でした」


 ユウは、そこで口を噤んだ。その話の続き…… ユウが言葉にしたくても出来なかった言葉。その気持ちを代わりに言葉にしてくれたのは、紅葉だった。



「でも……証拠が無い。貴方の視た被害者の記憶は、全く証拠にはならない。……悔しいわね」


 紅葉の言葉に、ユウは項垂れながら頷くしか出来なかった。


「そんな!だって、あの人が犯人なんでしょ?何とかならないの?あのもう一人の刑事さんに相談するとか!」


 その様子を見ていたいずみが、声を上げた。


「警察は完全な縦割り組織。余程の証拠が無い限り、小野さんに話すだけ無駄よ」


「そうですね。残念ながら先生の言う通りだと思います。火東を逮捕するには、奴が犯人だという確実な証拠を見つけるしかない。でも、それは限り無く不可能に近い。……ですよね、先生?」


「ええ、如月君の言う通り不可能だわ」


「……何で?あの人が犯人だって分かっているのに?」


「10年以上も特定されずに警察内部で生きている様な奴よ。それも第一課の課長まで上り詰めてね。……絶対に、証拠なんて残している筈がない」


 紅葉の言葉に、頷くユウと青葉。


「……だって。だってそれじゃあ、10年前に殺された女の子の気持ちはどうなっちゃうの?それに、もしかしたら他にも酷い事された子達がいるかもしれないんでしょう?今だって、何処かで助けを求めているかもしれないんでしょう? ……あんまりだよ。可哀想過ぎるよ……」


 そして目に涙を溜めて、三人に訴えかけてくる、いずみ。


「……そうね、いずみちゃん。いずみちゃんの言う通り、許せる筈がない。絶対にね。だからね、奴の正体を暴くとしたら、この方法しかないと私は思う」


 そう言うと紅葉は、三人をゆっくりと見回した。


「犯行を行っているところを、押さえるんですね?」


 ユウの言葉に、紅葉は大きく頷いた。


「そうよ。それ以外に方法は無い」


「でも、どうやって?あの人を尾行とかするの?」


 いずみの言葉に、紅葉は首を横に振った。


「奴は刑事よ。つまり尾行のプロって事。素人の私達じゃ、恐らく簡単に気付かれてしまうでしょう」


「じゃあ、どうするの?紅葉ちゃん」


 困惑した顔を浮かべたいずみに、紅葉は言った。


「網を張って、奴を罠にはめるの」


「罠ですか……? じゃあ水崎を?」


 そこまで言ってユウは口を閉ざした。罠にはエサが必要だ。奴にとってのエサとは、他ならぬ水崎の事ではないのか。


 そこまで考えて、ユウは複雑な気持ちになった。俺達は水崎を守る為に、今まで頑張って来たんじゃないのか?それを被害者の為とは言え、エサにしようとしている。


 紅葉は言葉が続かなくなったユウを見つめて、そっと肩に手を置いた。


「大丈夫よ。絶対に彼女を危ない目には遭わせないわ。その為の仕込みを、さっき電車で奴に会った時に、ちゃんとしてきたから」


 仕込み?あの一瞬で?

 一体、どんな仕込みをしたというのだろうか……?


「ふふっホームに降りた奴とすれ違いざまにね、思いっきり見つめてやったの。私は、お前の正体を知っているって顔をしてね。……あの時、間違いなく奴は私の顔を見ていた。だって、あの驚きと恐怖で引きつった顔ったらなかったんだから……!」


 そこまで言って彼女は、さも楽しそうに笑った。


「あの顔を見た以上、奴は必ず私を消しに来る。……必ずよ」



 ……この人は、自分をエサにしたのか?

 水崎に、危険が及ばない様に?

 

 さっき…… さっき楽しそうに笑った時。彼女が魔女と呼ばれる理由の一端が垣間見えた気がして、ユウはとした。



 だけど……

 だけど、さ。

 

 もし本当に、そうなんだとしたら…… 優し過ぎだろ?


 春日が言っていた”魔女に良い人がいても、いいじゃないか”と、いう言葉が頭に浮かぶ。……そしていずみが言っていた、二人とも優し過ぎるって言葉。


 ユウは頭をモシャモシャとしてから、真剣な目で紅葉を見つめた。


「だったら俺達が、あなたを守ります」


 ユウの言葉に、いずみも青葉も大きく頷いている。



 そして彼女は、俺達の顔を暫くの間、戸惑った様子で見つめた後で……

 

 ええ、お願いね、と嬉しそうに微笑んだんだ。

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