第43話 目的




「でもね、如月君。本当に悪霊の存在が、無いと決まった訳じゃないのよ。こっくりさんは子供の遊びのイメージが強いけれど、立派な交霊術なの。ふざけて行うと痛い目にあうこともある。それに水崎さんの話の中で気になることがあったの」


 紅葉は手元にあった紙に何かを書いて、ユウに見せた。


 ”狐狗狸さん”


「こっくりさんを漢字で書くとこう書くの。つまり狐や狸といった動物霊と交信する儀式の事を、狐狗狸さんと呼ぶの。でも、火東さんは女性の姿を視たと言ったわね」


 そこで紅葉は一呼吸置いてから、「…もし」と言った。


「もし、動物霊ではなく別の何かを呼び出していたとしたら、命の危険もある。あのお守りではどうしようもない、危険な悪霊が憑りついている可能性もある」


「そんな、悪霊なんて馬鹿な…」


 上手く言葉が出てこなかった。言い掛けた言葉は、喉の奥で詰まってしまった。


「信じる、信じないは貴方の自由よ如月君。でも昨日から貴方の身に起きている出来事は、そんな馬鹿なことではないかしら?」


 あの鳶色の視線が、ユウを真正面から見つめてくる。そうなのだ、昨日からユウの周りには不思議な出来事ばかりが起きていた。


 確かに俺は犬の声を聴き、建物の記憶を聴いた。それは自分自身にしか分からないが、事実だ。


「ねえ如月君。水崎さんはお守りを渡しに一連の関係者に今日、会うはずなの。今日は占いの相談もあるから私は一緒にはいけないけれど、青葉と二人で彼女の後を付いて行って、しっかりと自分の目で確認してくるといいわ。

 もし危険なモノが彼女達に憑りついていれば、必ずどこかで姿を現す筈よ。それに悪霊が関係していたとしても、今は悪霊も私達の存在に気が付いていない。もし明日、私達が火東さんに会いに行くと悪霊が知ったら、きっと相手も何かしらの手段を取ってくる。例えば私達を妨害するとか、一時的に姿をくらますとか、最悪の場合は今夜中に目的を達成する可能性だってある」


「……目的、ですか?」


 目的という言葉を聞いて、ユウはゴクリと唾を飲み込んだ。もしも悪霊なんて呼ばれる恐ろしい存在がいたとして、ソイツが持っている目的なんて嫌な予感しかしないではないか。


「…そうね。今回の件に悪霊が関わっているかはまだ分からないし、もしも関わっていたとしても、その目的まではハッキリとは分からない。けれど今回のように、段々と怪我を酷くしていって恐怖を煽るやり方をする場合、大まかな目的は想像できる」


「……恐怖による、精神的支配ですか?」


 ユウが自分の考えを告げると、彼女は少し驚いた顔をした。


「そう、その通り。貴方の言う通りよ。今回の件にもしも悪霊が関わっていたとしたら、その目的は自分の言うことを聞く操り人形を作ることだと思う。彼らは自分自身に実体が無いからね。精神的に追い詰め、疲弊させて、最後は身体ごと乗っ取るつもりなのよ」


 ぞわりとした。


「そしてもしも、彼らに魂まで浸食されてしまったら…」


 紅葉の視線が、今まで見た事が無いくらいに冷たく光った。


「命を絶つ以外、助ける方法は無くなる」


 その時、室内の空気が一気に冷えた気がした。ユウの全身を、寒気が駆け巡る。


「……俺、直ぐに水崎の後を追います。もしも見失ったら、取り返しが付かなくなるかもしれないですから」


 言い終わるか終わらないかの内に、ユウは出口へと向かっていた。しかし急いでいるユウを紅葉が止めた。


「待って、如月君。もう青葉が後を追っているから、見失う心配はないわ。出来れば水崎さん達には後を付いて行っていることを知られたくないの。悪霊が本当に火東さんに憑いていた場合、水崎さんを通じて私達の存在を感付かれるかもしれない。もし憑かれていたら悪霊が動き出す前に、カタを付けたいわ。勝負をかけるのは、水崎さんが火東さんに会った瞬間ね」


 その言葉に、ユウは驚愕した。


 ……いない。


 いつの間にか青葉の姿が、室内から消えていた。彼女はいつ部屋から出て行ったのだろうか?


 それに……


「カタを付けるって、どうやってですか?そんな恐ろしい悪霊を、先輩はどうにか出来るんですか?」


「ふふっ、妹なら問題ないわ。でももし、一目視て妹が自分一人では荷が重いと判断したなら、今日は相手に気付かれない様に引き返してきて。私もその時に備えて、準備をしておくから」


 彼女の不敵な笑みを見た時、ユウはまたぞわりとした。目の前の美し過ぎる先輩の、底知れなさを感じたからだ。


 ……俺は、何も知らない。


 この魔女と呼ばれる姉のことも、違う意味で人間離れした妹のことも。



「東中学校出身ってことは、私鉄で通学しているはず。あまり使わてないけれど、この裏道を使えば、この駅で合流できる」


 そんなユウの気持ちを知ってか知らずか、紅葉は近郊の地図をPCに表示してユウに見せてきた。


 確かに……


 この市の玄関口となっている大きな駅からはJRの新幹線と在来線、そして私鉄の三つの路線が運行されている。普通、この高校から東中学方面に行くなら、大きな駅までバスで行って、そこから私鉄に乗る。だが少々歩くが城西高校から徒歩で裏道を行けば、私鉄の3番目の駅に先回り出来そうだった。


「それから……」


 紅葉の手には、何かペンダントの様な物が握られていた。


「これを身に付けて行きなさい。きっと貴方を守ってくれるから」


 そう言って彼女は、ユウの首にペンダントを掛ける。


「……これは?」


 ペンダントを掛けられている間、彼女の顔がすぐ目の前にあった。ドキリ、とする。彼女からは、ふんわりと甘い花の香りがした。


 ……近すぎです、先生。


「アミュレット。とびきり強力なね」


 ……アミュレット?お守りのことか?


チェーンの先には変わった形の金属片が付いていて、見た事もない文字が刻まれている。


「ありがとうございます、先生。青葉先輩もこのアミュレットを身に付けているんですか?」


「ふふっ、あの子には必要ないの」


「え?」


「妹なら心配しなくて大丈夫。 ……ねえ、それよりも私と約束して?少しでも危険を感じたら、直ぐにその場を離れなさい。絶対に無理は駄目。 ……約束ね?」


ペンダントを掛け終えたその手で、ユウのネクタイを結び直しながら彼女が囁く。


「は、はい。約束します」


「それから私のことは、紅葉って呼んでくれていいの」


その台詞に、ぶっ!と、ユウは思わず吹き出しそうになった。


「い、行ってきます、先生」


「ええ、いってらっしゃい。 ……?」


慌てて部屋を出ようとするユウを、彼女は小悪魔な笑顔で送り出した。

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