第21話 希望の光
「そう、貴方自身で自分に催眠を行うの。そうすれば、全ての問題は解決するわ。
第一に信頼関係の問題だけど、自分自身だもの、そもそも問題ではなくなる。
第二に覚悟の問題だけど、リスクを顧みず自分自身に催眠を行こなった時点でクリアしたと言える。
第三の時間の問題については、長い時間が掛かるのは変わらないけれど自分のペースで進めることが出来るのが、大きな利点ね」
「ちょ、ちょっと待って下さい!確かに問題は解決しますけど、自分自身に催眠を掛けることなんて出来るんですか?そもそも俺は、催眠なんて出来ないですよ!」
予想外の方向に話が進んでいって、少し語尾が荒くなってしまう。しかしユウのそんな様子に少しも慌てる事もなく、黒木先輩の説明は続いた。
「自分自身に催眠を掛けることなら出来るわ。二人は自己暗示って言葉を聞いたことは、ないかしら?」
「……はい、あります。確か自分自身に強い想いや願いを何度も繰り返し擦り込んで、暗示を掛けて実力以上の力を発揮させたりするスポーツ選手とかが、よく使っているヤツですよね?」
「そうね。大まかにはそんな意味で使われることが多い言葉だけれど、自己暗示も自己催眠の一つなのよ」
……確かにそうかもしれない。自己暗示は自分自身に催眠を掛けている様に感じる。
「何となくイメージは出来るかしら?まあ難しい話はともかく、私は自己催眠の方法を知っている。そして貴方が望むなら、その方法を貴方に教えてあげる。
もちろん自己催眠だけでなく、催眠について私が知っている全てを貴方に教えるつもり。幸い私がこの高校を卒業するまでには、まだ時間があるわ。その間に貴方が自分に催眠を行えるように、みっちり教えてあげるから安心して」
……確かに自分自身に催眠療法を行えるようになれば、誰に迷惑を掛ける事もなく記憶を取り戻していけるかもしれない。ユウはそう思った。
ただ、ユウには分からない事が一つあった。
「……なるほど確かに先輩の言う通り、その方法が一番いい気がしますね」
ただ……、とユウは続けた。
「何で俺に、そこまでしてくれるんですか?催眠を教えるって言っても、それだって簡単なことじゃないですよね?」
すると黒木先輩は、ふふふっと笑って……
「もちろん無料で教えるとは言ってないわ。だから貴方には、この部に入って私を手伝って欲しいの。正直、二人だけの部員じゃ手が回らなくて困ってるのよ。……どうかしら?」
「……俺みたいにオカルトの事なんて何も知らない素人が入部しても、逆に足手まといになるだけじゃないですか?」
「そんなことはないわ。私を含めて部員は女性ばかりだから、男手は大助かりよ」
「……先輩、本当のこと言って下さい。何で今日初めて会った俺に、そこまで肩入れしてくれるんですか?」
ユウは俯きながら先輩に尋ねた。なぜか黒木先輩の顔をまともに見れなかったからだ。すると先輩は、またふふっと優しく微笑んでからこう言った。
「男手が必要なのは本当。ただ私が貴方に協力する事に、どうしても理由を付けろって言うのなら…… 貴方が、私を信頼してくれたから」
その言葉に思わず顔を上げたユウの瞳に飛び込んできたのは……
夕焼けの光を浴びて紅葉色に輝いた、少しウェーブのかかった美しい髪と瞳。
そして……
それ以上に眩しい、黒木紅葉の優しい笑顔だ。
「……黒木先輩。俺……お世話になります。よろしくお願いします」
「決まりね。入部を歓迎するわ、如月君」
そして黒木先輩は笑顔のまま、机ごしに右手を差し出した。それにユウも握手で応える。初めて握る黒木先輩の手は、ユウの心を落ち着かせる温かい手だ。
「……ところで、何で金森は泣いてるんだ?」
と、そこでユウは隣に座っている金森に視線を向ける。そこには大粒の涙を零しながら嬉しそうに笑っている金森いずみの姿があった。
「……だってだって。紅葉ちゃん、ありがとう。ほんとによかったね、如月くん」
「まだ、気が早いだろ。今、始まったばかりなんだからさ。でも……でも本当だな。
みんな金森のお陰だよ。俺、頑張ってみるからさ、迷惑掛けるかもしれないけど、これからも宜しく頼むな金森」
「うん!こちらこそ、よろしくね如月くん!」
精一杯の笑顔で金森いずみに感謝の気持ちを伝えたユウと、太陽みたいな笑顔でそれに応えた金森いずみ。そしてそれを眩しそうに見つめる黒木紅葉。三人が三人共、これから始まる新しい生活に希望の光を見出していた。
ガチャリ……
その時、背後で扉の開く音がした。人の足音など全く気が付かなかったので少し驚き、ユウが扉の方を振り向くと……
そこには、一人の少女が立っていたのだ。
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