第15話 ずっと言えなかった、気持ち。
「紅葉ちゃんは、私が事故にあって家に引きこもった時のこと、覚えてる?」
「……ええ」
金森の話を聞くと、黒木先輩の声は明らかにトーンダウンした。先輩にとっても、きっと思い出したくない過去なのだろう。じっと見つめながら話し始めた金森の視線を避けるように、黒木先輩は窓の外へと視線を逸らした。
「あの時、車恐怖症で外に出られなくなった私の所へ紅葉ちゃんが来て、一緒に変わった遊びをしたよね?……そして、私の車恐怖症は無くなった」
「そうだったかしら?よく覚えてないわ。それに・・あの頃の話は止しましょうよ」
「紅葉ちゃん!大切なことなの!確かにあの日、紅葉ちゃんは一人で私の処に来た。メトロノームを持って……」
すると黒木先輩は小さく溜息をつき、諦めたように金森を見つめ返す。
「……そうね。貴女の言う通りよ、いずみちゃん。私は確かにあの日、メトロノームを持って貴女に会いに行ったわ」
コクリと頷いた後で、金森は話を続けた。
「……紅葉ちゃん教えて。あの時、紅葉ちゃんは私に催眠術をかけたんだよね?」
その質問に先輩は何も答えなかった。ただ黙って二人は見つめ合っている。
暫くの沈黙の後、言葉を出したのはまた金森だ。
「紅葉ちゃん。わたし……私ね。あの時のこと、本当に感謝しているの。あの時……あの時ね。紅葉ちゃんが助けてくれなかったら…… 私はきっと今、生きてないよ。
そしたら大好きな絵だって知らないままだったし、ましてや自分で描いてみようだなんて想像も出来なかったと思う。……それに高校生になって、今のクラスメイトや如月くんにだって会えてなかった。
あの時は何が何だか分からなくて…… 私は紅葉ちゃんと、ちゃんとお話出来てなかったね。だから今、ちゃんと私の気持ちを伝えるね……」
話ながらその声は震えて、そして瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あの時、私を救ってくれて、本当にありがとうございました……」
そして金森いずみは、深々と頭を下げた。
そんな金森を暫くの間、愛おしそう見つめていた黒木先輩。小さく頷いてから立ち上がり、今は金森を抱きしめている。
「……ありがとう。ありがとう紅葉ちゃん」
「……もういい、もういいよ。いずみちゃん」
そしてそんな二人の様子は、ユウの胸の中を温かい気持ちで、いっぱいにする。
それから黒木先輩は金森が落ち着くのを見届けて自分の席に戻り、その時の話をし始めた。
「……確かにあの時、私はいずみちゃんに催眠を掛けたわ。あの時は私も必死だった。だって貴女は、私のたった一人の親友なのよ?そんな貴女が大変な事故に遭い、さらに心にも傷を負って、このままでは取り返しの付かない事になる。……そう思ったわ。
そんなことばかりを考えていて、怖くて怖くて仕方なかったの。だから何か自分が出来る事はないのか?力になれる事はないのか?って、必死で調べた。それで……」
「……それで黒木先輩は、催眠療法に行き着いたんですね?」
そうユウが尋ねると、先輩はコクリと頷いた。
「ええ、体の傷は私にはどうする事も出来ないけれど、その方法なら心の傷を治すまではいかなくても、軽くするお手伝いが私にも出来るかもしれないと思ったわ」
「それで見事に、成功したという訳なんですね」
「成功したかどうかは分からないけれど、少しでも、いずみちゃんの力になれたのなら本当に良かった……」
「うん!すごく力になりました!」
「ふふふっ元気一杯で何よりね、いずみちゃん」
そして金森が元気な声を上げると、先輩はそれに応えるようにドキリとするような眩しすぎる笑顔をみせたんだ。
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