第9話 催眠療法(上)


「……如月くんのバカ。私には、そう見えてるんだよ」


 そう言って恥ずかしそうに顔を赤くした金森が、はにかんでいる。



 ……照れ臭すぎて、何も言えない。


 いやいやいやいやいや……!ちょっと待てって金森っ!? お前、可愛いかよ!?

 そんな顔されたら、俺どうしたらいいの?


 そんなことを頭の中でぐるぐると考えている内に、無駄に時間だけが過ぎていった。な、何か話さなくっちゃマズい……と、ユウは今まで使ったことのない脳内細胞をフル回転させ始める。



「……如月くんは、記憶を取り戻したいと思う?」


 しかしその永い永い沈黙を止めてくれたのは金森で、そしてその確信を付く質問にユウはドキリとさせられた。


「も、もちろん取り戻したい気持ちはある。けど、正直に言うと怖い気持ちもある。だってもし記憶を取り戻したら、今の自分はどうなってしまうのかなって不安もあるからさ」


「それは…… そうだね」


「でもやっぱり、俺は記憶を取り戻したいんだと思う。気のせいかもしれないけど、何か大切なこと…… 俺、忘れてる気がする」


「……う、うん。そうかもしれないね。忘れちゃいけないこと、如月君にはきっとあったんだよね。でも…… でもさ……」


 その声は段々と聞き取れないくらい小さくなっていったけど、言葉に詰まりながらも金森は話し続けた。


「……もし、ね。もしも如月くんの記憶が戻ったら、私のこと……忘れちゃったり……するのかな?今日二人で一緒に帰ったことも……お話したことも……全部無かったことに、なっちゃうのかな?」


「わからない。わからないけど、でも俺は忘れたくない」


「……うん、私もいや。でもそう言ってくれて、ありがとう」


 それから金森は何かを決心したように、ユウを見つめてきた。じっと見つめてくるその瞳が、とてもキレイで……澄んでいる。



「……私ね、自分でも少し記憶障害のこと調べてみたんだ。もちろん専門のお医者さんで診てもらっているなら、私から話すことなんて何も無いんだけど」


「いや、特に治療を受けてるって訳じゃないよ。病院で目が覚めてからは、とにかく体の治療を優先してたからさ。専門の医者を紹介してくれるって話もあったけど、体の回復を待とうって話になって今まで何もしてない。特に生活に不便って訳でもないしさ……」


 そして、そう……と、頷いてから話しはじめた金森の話は、俄かには信じられない内容だった。


「治療の一つにね、催眠療法っていうのがあるんだって」


「催眠、療法?」


「うん。本当は睡眠薬を使ったりして、専門のお医者さんと治療していく治療方法なんだけど、催眠術を使って治った事例もあるんだって」


「さ、催眠術で……?」


 催眠術と聞いて最初に頭の中に浮かんだのは、眉唾なイメージだ。そんなユウに気が付いた金森が、慌てて補足してきた。


「そ、そうだよね!催眠術なんて言われれば、なんだか怪しい感じがするもんね。でも、でもね。実は私、催眠術に助けられたかもしれないって、そんな経験があるの」


 意外な言葉に興味が湧いた。催眠術で記憶障害を治さない?なんて言われてもピンとこないし、幾ら金森からの提案だとしても絶対に試してみようなんて気にはならないが、実際に金森自身が経験したという体験談は、是非とも聞いてみたいではないか。

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