第60話 星の導き
「紅葉ちゃんの言う通り、なかなか尻尾を掴ませないヤツでね。正直言うと、捜査は難航している。10年前の事件と同一犯じゃないかって考える奴は警察内部では少ないが、少なくても俺はそう考えているよ。……もっとも10年前、俺はまだ警察には居なかったけどね」
そこまで言うと、小野は自分の拳をポキポキと鳴らした。
「だがもう直だ。もう直に、尻尾を掴めそうなんだ。……必ず、捕まえてみせるさ」
小野のその表情を見て、紅葉は小さく微笑を浮かべた。もっともその微笑みは、彼には届かなかっただろう……
冷たくあしらってはいるが、こう見えて紅葉は彼のことを信頼しているのだ。
紅葉と青葉、そして小野。この三人は、今まで一緒に幾つもの怪事件を解決してきた仲だった。その時間の中で彼が優秀な刑事であることは十分に分かっていたし、何よりも正義感に溢れる人間だということを紅葉はよく知っている。彼がこの表情を浮かべた時は、全身全霊でその事件を解決しようとしている時だ。
「……ところで紅葉ちゃん。10年前の被害者の記憶を視たって言う部員さんは、どんな記憶を視たんだい?」
小野の質問に、紅葉は次の事柄を伝えた。
・現場近くの駅で、白い花柄ワンピースを着た被害者女性に出会った事。
・その女性は自分達と同じ位の年齢で、お腹に怪我をしていた事。
・そして記憶の中で、当時の彼氏とメールで翌日のデートの待ち合わせ時間と場所を決めた直後に被害に遭った事。
・犯人は当時30才位の男で、顔の特徴は…… 等々、出来るだけ細かい内容を伝えた。
その話を聞きながら小野はメモを取っていたが、紅葉が話し終わると暫く目をつむって何事か考えている様子だ。
「……小野さん?」
それがあまりに長い時間だったので、紅葉は声を掛けた。
「……ああ、すまない。事件の記録に残っていた内容に、とてもよく似ていたんで驚いてね。彼氏とのメール内容とか」
ああ、と紅葉は応えた。確かに被害者の携帯電話も事件当時、調べられただろう。
「その部員さんにはいずれ協力して貰う事になるかもしれないけどいいかな?もちろん身の安全は保障した上での話だけどね」
「ええ、本人も協力したいと思ってる筈です」
「そうか。その時は協力頼むよ。ただ紅葉ちゃん。今、起こっている行方不明事件が10年前の犯人と同一犯だとしてもそうじゃなくても、君達はこれ以上は絶対に関わるなよ。後は僕達、警察の仕事だ」
小野が紅葉を強く諭し、
「ええ、私達の親友にも強く止められているから、そのつもりはありません。心配しないで下さい」
紅葉も苦笑いでそれに応える。
「……そうか。約束だぞ」
小野はそう言いながら、左目でウインクをした。上手く出来ていないところが逆に可愛らしく感じ、紅葉は吹き出しそうになってしまう。セクハラめいた発言が苦手な事には変わりはないが、彼はどこか憎めない男なのだ。
……さて。だけれども、これ以上話を伸ばすのは得策ではないわね。
先程から青葉が発している殺気が、また一段と強くなってきている。これ以上、彼の悪い冗談に付き合っていると、命の保証は出来なくなる。
それにもう、紅葉の目的は達成していた。
警察に今も起こっている行方不明事件と、10年前の殺人事件が関連があるかもしれない事を伝えることが出来たし、こちらが知っている犯人の情報も伝えられた。
彼の言う通り、後は警察の仕事だ。
「さて、じゃあ俺はそろそろ行くよ。巡回の時間なんでね」
そんな事を考えていると小野が徐に立ち上がったので正直、ホッとした。こちらが呼び出した以上、一方的に話を切り上げるのは、やはり気兼ねしたからだ。
「小野さん。今日はわざわざお越し頂いて、有難うございました」
紅葉も立ち上がり、頭を下げた。彼が本当は暇などではない事を、紅葉は知っているから。小野も右手を軽く上げて、それに応えている。
「……紅葉ちゃん。この事件が無事に解決したら、君に話があるんだ。時間をつくってくれるかい?出来れば、二人だけで会いたいんだ」
出口に向かう前に、彼が紅葉に声を掛けてきた。すると青葉がスッと二人の間に割って入って、小野を睨みつける。そんな青葉の肩に紅葉は手を置き、何事かを耳元で囁くと青葉は渋々と横に移動した。
「ええ、分かりました小野さん。その時は、こちらが時間を作ります」
笑顔を返した紅葉に小野は小さく微笑んで、また右手を軽く上げてから喫茶店を後にした。
彼の背中を見送ったあと、 ……ふうっと溜息を付いて、紅葉はもう一度テーブル席に深々と腰を下ろした。そしてそれを追う様に、青葉も先程まで小野が座っていた席に座り「あの男が、嫌いです」と言った。
それを聞いた紅葉は、立ち上がって青葉の頭を撫でる。
「あの人はあなたが思う程、悪い人じゃないわよ。それに刑事としては一流だしね。ふふっそれにしても、あなた怖すぎよ」
それだけ言うと、紅葉は笑顔のまま、また席に座わり直した。
「うーそれは分かってますけど、あの人は姉さんに慣れ慣れしくし過ぎます」
「ふふっ、あなたは昔から私達に近付いて来る男の人に容赦ないものね。 ……如月君は平気なの?」
紅葉の言葉に、青葉は少しキョトンとした顔をした。
「ユウは…… 私達の仲間だから」
そんな妹の様子を嬉しそうに見つめながら、紅葉は如月ユウの顔を思い浮かべる。
ふふっ、如月君は、本当に不思議な人ね。
「……そう。キサラギ ユウ君って名前なの」
そこに突然声をかけられ、紅葉は驚きで飛び上がりそうになった。気が付くと、涼子が笑顔を浮かべてテーブルの横に立っていた。彼女が手にしたトレーには、紅茶と珈琲がそれぞれ一杯ずつ乗っている。
「もう先生!気配を消して近づくのは止めて下さいって何度もお願いしているじゃないですか! ……ビックリします」
「ふふっ、でもそのお陰で、二人の想い人の名前が知ることが出来たわ」
涼子は悪びれる様子もなく、笑顔で二人の前にカップを置いた。ふわりと良い香りが二人を包みこむ。
「……ありがとうございます先生。丁度、喉が渇いていたんです」
紅葉は頭を下げてから、早速一口いただくことにした。
すると心が、ふーっと一息ついたのが分かった。彼女の淹れてくれた紅茶は、本当に紅葉の心を落ち着かせるのだ。
「ふふっでも、あなた達の恋愛の心配をするなんて不思議な気持ち。それで、そのキサラギ君って子はどんな人なのよ?」
紅葉の横に無理矢理に座り込みながら、涼子が絡んできた。
「せっ先生、そんなんじゃないんですよ!如月君はうちの部の新入部員で……!」
いつも冷静沈着な紅葉が、少し慌てた様子で説明している姿を微笑ましく見つめながら、涼子は初めて二人がこの店に来た日の事を思い出していた。
……確か、あの時はまだ紅葉が小学生になったばかりじゃなかったかしら?
突然、この店に訪れた幼い二人の女の子。
店の入り口で不安そうに青葉の手を引いて立っている紅葉の姿が、昨日の事の様に涼子の脳裏には浮かぶ。不安と闘いながらも強い意志を感じる、あの時の紅葉の瞳の色は今でも忘れることは出来ない。
……ふふっ本当に成長したのね、二人共。
あの日からの、過ぎ去りし日々を涼子は思う。
そして嬉しそうに、その男の子の話をしている紅葉と青葉の会話を聞きながら、涼子の心は本当に嬉しくて、そして少し寂しい気持ちにもなったのだった。
……私には子供はいないけれど、母親ってこんな心持ちなのかしら?
そんなことを考えながら、涼子はこの子達に素敵な星の導きがあります様に
と、心から願ずにはいられなかった。
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