第17話 その優しい、ほほえみ。

 黒木先輩の言葉に少し照れ臭さを覚えて、ユウは視線を落とした。


「いや、俺はそんなに強くないですよ。俺が学校に戻って来れたのは家族の支えのお陰だし、学校で何とかやっていけてるのも、金森や春日みたいに俺のことを心配してくれる人がいるからなんで……」


「ふふっ そうかも知れないわね。それでもあなたは強い人。私が保証してあげる」


 すると隣で金森も、うんっ!私も保証する!と、嬉しそうな声を上げる。

 ……なんだか、照れ臭いったらなかった。だからユウは、髪の毛をモシャモシャっとしてから続きを話し始めた。ずっと後にある人に指摘されるまで気が付きもしなかったが、どうやらそれがユウが照れた時の癖らしい。


「……この事は不思議なんですが、テレビで見かける芸能人や番組なんかは何となく憶えているんです。忘れているのは、実際に話したことがある人達や思い出なんですよ。それと出かけた時に立ち寄ったスーパーマーケットやショッピングモールなんかで、ああ・・この場所は知っているなって感じる時があります。

 それと家族とよく行っていたっていう思い入れの深い場所でも、覚えている場所とそうでない場所があります。エピソード的な事は何も浮かんでこないんですが……」


「……確かに不思議ね。普通に考えると印象深い物事ほど記憶に残っていそうなものだけど、そうではないみたいね」


「はい。あとは生活に必要な事は一通り覚えていて、問題なく日常は過ごせています。ただ家族から言わせると味の好みや喋り方、言葉の選び方、行動の仕方なんかは以前と全く違うそうですが……」


「……なるほどね。でもそれは仕方ないかも知れないわね。人の好みや行動は今までの体験がベースになっているの。例えば初めてピーマンを食べた時に苦いと感じたとすればそれが記憶になり、次に口にする時にその記憶が味の好みに影響する。

 もし貴方が前に食べた記憶を忘れているとするなら、味の好みが変わってしまっても、おかしくないわ。

 行動についても同じ事が言えるわね。実際に記憶障害にあった人が以前とは好みが変わったり話し方が変わった事例は幾つも聞いたことがあるわ。中には性格そのものが変わってしまった人もいる」


「そうですね。俺も以前とは、性格が変わってしまったようです」


 それから先輩は頷いて、「ありがとう。大体、今の状況は分かったわ」と言って席を立ち、窓際まで移動した。どうやら外を眺めながら、考えを巡らせている様子だ。


 ユウは先輩の邪魔をしないように、黙って過ぎる時間に身を任せることにした。だからそれから暫くの間は、その部屋の中には上の階の喧騒だけが流れる時間だけが過ぎていった。



 ……そして、どれくらいの時が過ぎていったのだろう?


 長い静寂に段々落ち着かなくなってきたユウは、そういえば金森はどうしているんだろう?と思った。彼女は先程からずっと黙ったままで、何も話していない。そんな金森の様子が気になり始めたユウは、そっと彼女の様子を伺ってみることにした。


 するとユウが横を向いたことに気が付いたのか、直ぐに目と目が合った。


「…………」


 それから暫くの間、二人は黙って見つめ合っていた。そして最後は、彼女のニコッとした優しい微笑み。……その笑顔を見て、ユウの胸の中の不安がスッと消えていく。


「ふふっ本当に二人は、お付き合いしていないの?」


 だからいつの間にか黒木先輩が戻ってきていたことに、ユウは気が付かなかった。


「ちっ違うよ、紅葉ちゃん!本当に、そういうんじゃないの!」


 そして慌てた様子でそれを否定している彼女をみて、そんなに必死に否定しなくてもいいのに……と、思っていた。


 それから……


 黒木先輩がそんな金森を愛おしそうに見つめてから、先輩の記憶についての説明が始まった。

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