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思った通り、ヨウさんの家は風呂場も無個性だった。白い空間があって、洗濯機やドライヤーみたいな最低限の家電も白くそろえられている。洗濯機の上にはこれまた白いタオルが用意されていて、それから香る柔軟剤の匂いもなんだかありふれていた。
他人の家で全裸になるのに、なんとなく抵抗があるのは、俺が泊まりあいをするような友達を持っていないからだろうか。中学に入ってから学校には行っていないし、小学校の友達も、俺の母親がおかしくなってから次々と切れていった。
俺は一つ息を吐くと手早く裸になり、大急ぎで風呂に駆け込んだ。
白い湯船は十分な広さがあって、ゆったりと手足を伸ばすことができた。俺が住んでいたアパートでは、風呂を沸かすことなんてなくて、いつもシャワーで済ませていたから、なんだか新鮮な感じがした。
落ち着かなかったのはほんの一時のことで、たっぷりためられたお湯の湯気にほだされるみたいに、俺は次第にリラックスしていった。
こんなところでリラックスしていていいのだろうか、とは、何度も思った。だって俺は、死ぬつもりで家を出てきたのだ。街に出て、どこかちょうどいい暗闇を見つけて、手首を切るつもりだった。俺は運が悪いから、カッターナイフで手首を切ったくらいでは、上手く死ねないような気もしていたけれど、それでももう、こうやって生きて行くことに耐えられそうになかった。
俺が死んだら、母さんは泣くだろうか。
ぼんやりと、思う。
母さんは、あの昼間は蜻蛉みたいに眠っているだけで、夜になると着飾ってふらふら家を出ていく母さんは、まだ俺を愛しているのだろうか。
俺だって、母さんに男がいることくらい分かっている。母さんがその男からもらってくる金で、俺たち二人が食ってこられたということも。母さんの男が不特定多数だということにも、なんとなく気が付いていた。それは、小学生の頃から。
だったらなにも、今死ななくてもいいだろう、と思わなくもない。ここまで耐えてきたんだから、もう少し耐えて、中学を卒業してから家を出ればいいのだろう、とも。でも俺は、母さんを置いて家を出られそうにはなかった。生きているうちは、到底。
長い息をつき、お湯を両手ですくってばしゃばしゃ顔にかけた。すると、そのタイミングで、風呂場の外から声をかけられた。
「生きてる?」
ヨウさんは、例のどうでもよさそうな声をしていた。どうでもいいけど、とりあえず声くらいはかけておこうかな、くらいの。
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