腹は減ってる?

 訊かれた俺は、いいえ、と答えた。けれど男のひとは、黙ってキッチンからカップ麺を二つ持ってきた。

 なんだか、落ち着かなかった。無表情は俺に張り付いた悪癖で、滅多なことでは他人に心情を読み取られたりしない。それなのに、公園で会ったときから、このひとは俺の心情をぴたりぴたりと当てていく。それは、なんだか心細いことだった。急に、丸裸にされたみたいに。

 「食べな。」

 男のひとは、俺に黒塗りの箸を渡すと、自分はコンビニかなんかでもらってきたのだろう、ペラペラに薄いプラスチックのフォークでカップ麺を食べた。俺はリビングの真ん中に置かれた座椅子に座り、男のひとは少し離れたところで床に直接腰を下していた。

 なんだか、凄く申し訳ない感じがした。そのひとが、どこまでもそっけない調子なのに俺にとても気を使ってくれているのが分かって。俺は、見ず知らずのガキでしかないのに。

 俺がカップ麺にてもつけられず、小さくなっていると、男のひとはちょっと笑った。硬質に整った顔立ちが少し崩れて、とても甘い感じになった。俺はその顔を見て、なぜだかどきりとした。

 「申し訳ないと思うなら、名前、教えて。」

 俺は、迷わすに自分の名前を口にした。それでさらに裸にされた感じになるのは分かっていたのに。

 「遥。」

 そう、と男のひとは頷いて、俺はヨウ、と短く名乗った。ヨウさん、と俺は口の中で小さく繰り返した。なんだかそれは、砂漠の中で見つけた小さな水源みたいに、とても小さくて貴重ななにかに思えた。ヨウさんは小さく頷くと、完食したカップ麺の汁をずずずと啜った。

 その様子を見ていると、俺はなんとなく心に余裕ができて、カップ麺を一口口に含んでから、部屋の中をぐるりと見回してみた。部屋の真ん中には俺が座っている座椅子と白いローテーブルがあって、その正面には大きな画面のテレビ。その他には家具もなにもない。なんというか、個性のない部屋だった。この部屋の持ち主を推測しろと言う問題が出たら、俺は多分、その性別すら当てられない。

 「気に入った?」

 ヨウさんが軽く首を傾げた。さらりと揺れた長めの髪が、白い頬に薄い影を落とした。

 俺は、曖昧に頷いた。気に入ったとか気に入らないとか言うには、この部屋にはものが少なすぎる。

 「その奥のドア開けたら、寝室。ベッドあるだけだけど。好きに使っていいよ。」

 ヨウさんが顎で白いドアを示す。俺は、きっと寝室にもなんの飾りも個性もないのだろうな、と想像した。それだけで、なんだか寒々しい感じがした。

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