「ヨウさんは、どこで寝るんですか?」

 緊張からか、ぎこちなくなる声で問うと、ヨウさんは軽く肩をすくめた。俺はその広い肩を見て、俺もいつかこうなれればいいのに、と思った。俺の身長も体重も、クラスでは小さいほうから数えた方が早い。

 「街。」

 どこまでもざっくりした答えが、ぽいと投げ出された。俺はどぎまぎして、ヨウさんの目をちらりと窺った。ヨウさんの切れ長の目は蜂蜜味の飴玉みたいに甘い色をしていて、そっけない言いようも冷たくは響かなかった。

 「街?」

 俺が問い返すと、ヨウさんはまた甘く崩れる笑顔を浮かべた。

 「いろんな夜に、いろんなところで。」

 なぜだろう。その物言いや眼差しは別になんというところもなかったのに、俺はどきりとした。ヨウさんの言葉が、ひどく色っぽいと言うか、性的な感じがして。

 同じ男の人相手にそんなことを思うのはいけないことだと思って、俺は少し身を固くした。するとヨウさんは、くすりと軽く声を立てて笑った。俺はまた、丸裸にされたみたいな気分になった。ヨウさんは全てを知っていて、俺はなにも知らないでその前に投げ出されているみたいな。

 「ハルカにも、いつか分かるよ。」

 さらりと、ヨウさんが言った。

 「分からない方がきっと幸せだけど、多分、ハルカは分かる。」

 分からない方がきっと幸せ?

 俺は思わず首を傾げた。俺の前には、いつだって分からないことはたくさんあって、それを分かるようになることを強いられたり、期待されたりした。だから、分からない方がきっと幸せ、というヨウさんの物言いが、俺にはよく分からなかった。

 ヨウさんは、俺の顔をじっと見てから、少し眠ったら、と言った。

 眠る。

 その単語を聞いて、俺は急に自分の中の猛烈な眠気に気が付いた。ここ数日、ろくに眠っていなかった。ベッドの中で、カッターナイフを握りしめていただけで。

 「眠そう。ベッド、使っていいよ。俺は出るから。」

 俺の表情を見て、あっさり眠気を指摘したヨウさんは、すっと滑らかな動作で腰を上げた。俺は、ヨウさんを引き留めようとした。赤の他人の部屋で、家主を追い出してベッドで眠るなんて、そんなことはしてはいけないと思ったから。けれど、とっさに伸ばした俺の手を、ヨウさんはするりとかわした。そして、お休み、とだけ言い置いて、薄いシャツ姿のままふいと部屋を出て行ってしまった。

 俺は、そのあっけない退場の仕方を唖然として眺めていたけれど、眠気に逆らえなくなって、なんとなく足音をひそめるようにして寝室へ入った。

 そこはリビングと同じくらいの広さがある白い壁の部屋だったけれど、保健室みたいな白いベッドが壁際に置かれているだけで、他に家具らしきものはなかった。

 俺はベッドにそっと身を横たえた。すると、身を横たえてみるだけのつもりだったのに、すっと眠りの渦に巻き込まれ、ぐっすりと眠りこんでしまった。

 

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