23

 どの方角を見ても地平しか見えない広大な平面。

 沈もうとしていた太陽が、ふと最高点にテレポートする。時刻設定コマンドの自動実行が仕込まれており、夜にならないようになっている。


 コアメンバーが背中合わせで向かい合っていた。

 一方はノブ。2マス離れた先にはラキ、ナナストロ、麗子がこの順番で並ぶ。

 どちらも正面には作業台、その上にチェストが置いてあり、中にはダイヤモンド3個と棒2本が入っている。インベントリ内のどのスロットに置かれているかはわからない。ランダムだ。


 3、2、1――

 画面上でカウントが行われて、ゲームが開始される。


 両者とも動かない。

 次の合図が来るでは動いてはいけないからだ。動けば即失格になる。ティーラーズを支える優秀なプログラマーによるゲームシステムそしてインフラであるため、バグやラグは期待できない。0.01秒でもフライングすれば死ぬ。


 次の合図――『Fight!』の文字が表示されたのは、おおよそ7秒後のことだった。


 ギィィとチェストが一斉に開かれる。

 チェスト内に散らばった材料を回収して、作業台でダイヤ剣をつくる。

 急いで振り向いて、相手を殺す――


 『マイクラガンマン』と呼ばれる遊びであった。

 ティーラーズ発の企画として立ち上げる予定であり、今現在はゲームバランスの調整をしている段階。


 バババッ、とバグっているようにしか思えない連射音が響く。

 続いて、


「あっ」

「おー」

「はぁ!?」


 三者三様のリアクション。

 画面には『Winner:Nobu』との文字が表示されている。


「まだ作業台も触ってないんだけど!?」

「ぼくは配置の運が良かった、クラフトしてたとこ」

「クリック間違えて死んだ……」


 リスポーンしたラキの天使アバターはクリエイティブモードになり、手早くマグマバケツを引き寄せて勝者に垂らす。「おい」間もなく、


>Nobuは溶岩遊泳を試みた。


「いいねそれ」

「なるほど」


 さすが普段からノブをいじめまくりノブからいじめられまくっているだけあって、ナナスと麗子も追従――復活直後殺しリスキルの体制をマグマを使って即席でつくり、


>Nobuは溶岩遊泳を試みた。


>Nobuは溶岩遊泳を試みた。


>Nobuは溶岩遊泳を試みた。


 悲惨なことになっていた。

 いちいちリスポーンしてみせる忍もノリが良い。


「……悪いが、検証は俺抜きでやった方がいい」

「そうさせてもらうわ」

「ノブ君強すぎるでしょ。3人でも勝てないっておかしいよ」


 元々1対1で遊んでいたが、忍が強すぎるがゆえにこうなっているのである。材料の配置をランダムにするといった工夫もその一環だ。

 それでも戦力差は見てのとおり明らかで。


「いや、一人叩くのも三人叩くのも変わらないから大差ねえぞ」


 マイクラガンマンでは既定の武器――この場合はダイヤ剣で攻撃すると必ず一撃で倒せるようになっている。ガンマンが先に撃った方が勝つように、このゲームでも先に叩いた方が勝つ。


「マジでそう思ってそう」

「天才は凡人を理解できないからね」

「理解はできるだろ。連打とエイムの話だし脳筋でもできる」

「その能力がバケモンって言ってんのよ」

「自信なくす……」


 三人も決して下手ではないし、むしろプロを名乗れるレベルではある。ただノブの性能と安定性が高すぎるだけだ。

 もっとも、こういうシチュエーションは何年も前から変わらないことであり、今更引きずる者はいない。


「今後は三人にお願いしていいか?」

「ええ」


 仕事の分担について言質を取ったところでこのワールドは解散。


 いつものようにコアメンバーのクラバーワールドに集合したが、


「気分転換したい気分。ラキ、ナナス。付き合って」

「りょ~」

「いいよ」

「進捗のまとめは忍に任せる」

「ああ」


 三人は早速遊ばんと再び解散した。

 今日の検証結果をスクラボに書く仕事を何気に押し付けられているが、忍とて空気は読む。今後の仕事が免除されたのなら今回くらいは引き受けるのが筋だろう。


 というわけで、一人残って、スクラボを更新する。


「メシ食うか」


 一階に下りる。

 日はとうに沈んでいる。


 今日は外に出ないし、本来なら風呂にも入ってなければならないが、マイクラガンマンの検証を少々煮詰めすぎた。

 他の配信者にも同樣のネタを取り上げる動きがあり、先手を越されないためにも、リリースのタイミングを早める必要がありそう――ということで急きょそうしたのである。

 ルーティンな生活を愛する忍には嫌な出来事だが、社会人である。多少は融通を利かせる。仕事の免除は勝ち取ったから、もう乱れることはない。


 十五分ほどで仕事部屋に戻り、続きの更新に着手する。

 いつ来たのか、社長のアバターが対面に座っているが、お互いに雑談を交わす性分でもない。忍は普通にスルーする。


 仕事の続きだ。

 以降はもう絡めないので、今のうちに持論含めてすべてを書き込むつもりでいた。


「混ざらないのか」


 全く雑談しないわけでもなく、ふと投げてくることがある。二人きりのときにはよくあることだ。

 その第一声もずいぶんハイコンテキストな言葉だが、三人と一緒に遊ばないのか、という意味だろう。


「なぜ?」

「自分を慕ってくれる綺麗な女性――悪い気はしないだろ」

「自分のリソースを使うほどではありません」


 友人、恋人、結婚といったありきたりな概念を忍は想定していない。


「……社長。自棄になってます?」


 そんな忍の性格は社長も知っているはずだし、そんなつまらない話をわざわざふっかけてくる人間でもない。

 だからこそおかしい。


「前も言ったが、ティーラーズはもう役目を果たした。存続しようがしまいが構わないし、新しい発想を芽吹かせるには退いた方が良いまである」


 ティーラーズは未だにマイクラ界隈のトップを張っている事務所だ。

 一方で、同じ顔が張り続けることは業界の新陳代謝的に考えれば望ましくない。業界とは、良くも悪くもトップの存在に引きずられる。変わらないトップがいれば、業界自体も変わりづらくなる。


「さっさと解散すればいいのに」

「そうもいかねえんだよ。金の問題でもねぇ。ここはもう居場所で、俺達は家族なんだ――見捨てられねえよ」


 社長は口下手で無愛想だが、自分達を想ってくれていることは日々の活動から痛感できる。

 そもそも彼の人徳と信頼があるからこそ、ティーラーズにはこれだけ優秀なメンツが揃っているし、彼に応えるために足並みを揃えて動いている。


「優しいんですね」

「そういうもんだぞ。私もいくつかの発明を世に送り出してきたが、もう燃え尽きた」


 マクロソフトにマイクラオンラインのアイデアを売り込み、今なおロイヤリティ収入を得ている億万長者のはずだが、忍に届く声音はとてもそうには聞こえない。

 有り体に言えば、疲れた中年そのものだった。遠慮する仲でもないため、「大変ですね」他人事のように言う忍。


「燃え滓になった後に残るのは養育欲求だけだ」

「ケンリック派ですか」


 人の欲求を捉えるモデルはいくつか存在する。

 自己実現を最上位に置くマズロー、養育欲求をその位置に据えるケンリック、他にも達成、権力、親和、回避の4要素で捉えるマクレランドなど。

 有名なマズローではなく、ニッチなケンリックを言及してきたのが社長らしくて、忍は思わず破顔する。


「忍。お前は燃え尽きてないか?」

「心配無用です。そもそも燃えてない。俺は持て余した機械にすぎません」

「……」


 ここで社長が押し黙った。

 婉曲な自虐を込めた事務所の顔に対し、何を考えているのか。


 忍の脳内は三人の顔も浮かべる。


(なんか急に距離縮まったよな。合宿後というより、今日から?)


 忍の人生は自己完結しているが、今はティーラーズの社員でもある。同僚に気を向けるのは当然のこと。


 今まではノブの価値を担保するため、絶対覆面で一線を引いているだけで良かったが、先週の合宿とこの社長の物言いから考えれば、もう長くはあるまい。

 あるいは少なくとも前者のスタンスは崩れていくはず。


(ノイズも増える)



 ――今日のオフ会は例外的な措置だ。今後はもう無いと思われるが、問題ないな?


 ――問題ありません。



 一応、合宿の最後にて社長直々に言質は取ったが、三人の距離が縮まったのも事実と思われる。

 ティール組織は動的でもある。いたずらに多数決は取らないが、今の社長と三人を考えれば、忍の我は今後通しづらくなっていくだろう。


「まあいいか」


 臨機応変に対応すればいいだけだ。

 その経済力と体力は持っている。何なら持て余している。


(上等だ)


 それきり会話は発生せず、忍は数十分ほどスクラボを更新した後、ログアウトした。

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