13

 この日は午後8時で散会となった。

 ここスリーゾーンからなる会場で過ごしてもいいし、適当に部屋を借りてもいい。高級ホテルゆえに一泊の金額も少なくとも二桁万円だが、ティーラーズの社員には端金だ。


 主会場を後にしたのは忍だけであった。

 何食わぬ顔と挨拶で見送った三人は、ラージデスク越しに向かい合う。ちなみに社長は端のテーブルで作業中であり完全に空気と化している。


「明日。楽しみだね」

「うん」

「そうね……」


 合宿の予定は事前に組んでおり、初日の今日は予定どおりサーカッションとノブのプレイ鑑賞を終えた。


 メインは明日、日曜日である。

 スケジュールは至ってシンプルで、朝昼夜と一人ずつ忍とデートするというもの。


「しなくていい人って要る? ぼくに譲ってくれたら嬉しいな」

「……」

「……」


 ここまで濃厚な時間を過ごしたし、三人とも配信者だけあって根は内向的だ。早く解散して一人になりたいところである。

 にもかかわらず、こうして残っている意図は。


「考え直した方がいいよ。33のおじさんと一緒に出かけるんだよ? 忍君のことだからおしゃれもしないよね。一緒に歩いたら恥ずかしいかも」

「じゃあうるははやめたら? アタシがもらってあげる」

「忍君とどこに出かけるの? 動物園? 水族館?」

「挑発してる?」

「してるよー。忍君との貴重な時間だもん」

「……」


 張り付けた笑顔のうるはと、腕も脚も組んでる愛莉。


「あ、あっ……」


 その二人に視線を行ったり来たりさせてあたふたしているのは未瑠奈だ。


 ふと、うるはがそんな未瑠奈を見る。

 笑顔を取り下げて、まるで射竦めるかのように。


 未瑠奈とて鈍くはない。

 ごくりと。生唾を飲み込んでしまう。


「もう言っちゃうけど、ぼくは忍君を狙ってるから」


 先制攻撃を仕掛けたのはうるはだ。


「恋人にしたいし、結婚したい」

「ニートには無理じゃない?」


 着ているシャツもそうだが、うるはは個人チャンネルも持たず、交友関係も仕事以外ではほぼないという。ニート、は自他共に認める愛称の一つだ。


「愛莉はともかく、忍君はそんな偏見は持たないよ」

「こうやって冷静さを崩そうとするの、ナナスの常套手段だから未瑠奈も気をつけてね」

「あ、愛莉も、好きなの?」

「急にぶっこんでくるわね……」


 愛莉は引き笑いを見せつつも、少し俯く。

 しばし口をもにょもにょしていたが、「す……好き……」ぼそっと吐き出した。


「え? はっきり言ってほしいなー」

「鬼じゃん」


 あははと笑いつつ、ぶっこみ先に視線で問う。

 うるはの双眸も続いているし、よく見ると社長も手を止めていて。


 未瑠奈は陰キャップを被って、グイっと下げてみせたが、


「……」


 そんなことをして逃げられる空気ではない。


「……正直言うと、私はよくわからないかも。嫌いじゃないし、好きだけど、恋愛的な意味でっていうと違うっていうか。尊敬とか崇拝が近い気がするけど、もうちょっと距離感近い気もするし。妹ポジションってわけでもなさそうだし、私も別に望んでない。結婚とか恋人とかもよくわからないし、でもただの友達ってのも違うと思うし。友達の定義もよくわからないし――」

「じゃあアタシやうるはと付き合ったとしたらどう?」

「え、私!? ノーマルだけど……」


 豊満な胸を抱えてヒィとでも言いそうな表情を浮かべる未瑠奈。


「いや、忍とアタシらって意味でしょ……」

「それは嫌」

「じゃあ好きなんじゃない?」

「そうなのかな……」

「ぼくを見つめられても困るかな。答えは自分の中にしかないし、好きか嫌いかで白黒つけられるほど単純でもない」


 空気を読んだのか読んでないのか、ここで社長が立ち上がる。

 ふわぁとあくびを隠さず、こちらを向きもしないまま仕事ゾーンを出ようとしたところで立ち止まり、ポケットからスマホを取り出すと、ながらスマホ。


 その背中は生活ゾーンも通り過ぎている。夕食でも食べるのだろう。既にミニバイキングが準備されている。


「いや何も言わないんかい」

「信頼してくれてるんじゃない?」

「どうせ勝てないからかもしれない」


 こんな風に相談じみているのも、そもそも忍が鉄壁すぎるからだ。

 ノブなどというでたらめな実力者がただの男であるはずがない。スクラボでも、普段のやり取りでも、何より今日接してきただけでも、三人とも痛感している。


「現実突き詰めるのやめて――ん?」


 未瑠奈は陰キャップを脱ぎ、なぜかデスクに身を乗り出している。ちょいちょいと二人を手招きした。


 愛莉とうるはは顔を見合わせた後、追従する。

 三人とも寄せ合ったところで、


「協力しませんか?」

「……恋の共同戦線ってこと?」

「共同戦線」


 うるははグフッと堪えていたが、間もなく決壊して吹き出す。テーブルもバンバンと叩いており、それは普段静かに立ち回るうるはには珍しくて、「……大丈夫?」愛莉も対抗を忘れて当惑を示すほどだった。


「ううん、ごめんごめん、大丈夫。ちょっとおかしくて」


 くっくとまだ堪えているうるはは挑発に見えなくもなくて、「喧嘩売ってる?」愛莉も一応拾ってはいるが声音は雑だった。


「いや、いいなと思ってさ」


 こほんと空咳をしてみせた後、うるははなぜか立ち上がる。


「だってさ、忍君も絶対手強いし、だからこそ楽しいし。二人とも改めて打ち解けて、こんな企てもして。合宿に参加して良かったなって思ったんだよ――ん、未瑠奈?」

「宣誓」


 テーブル中央に手のひらを置いた未瑠奈が、ノリノリで選手宣誓のようなことを言い出す――


 三人とも忍を恋愛対象に見ているが、当の忍は手強いため、まずは様子見しながら近づいていこうというものであった。

 具体的には抜け駆けの禁止と、今この場での感情の表明。


 そのとおり三人とも忍への好意を口にした後、手を重ね合った。


 これをもって解散する。

 がたがたと席を立つ。


「ご飯食べながら作戦会議するわよ」

「どこで?」

「普通にキッチンでいいでしょ。社長も巻き込む」


 座っている者はもう誰もいない。


「私はそろそろ帰――」


 未瑠奈に至っては仕事ゾーンをあと数歩で出ようという位置取りであり、声量も怪しいものだったが、愛莉の行動は早かった。

 ダダダッとダッシュし、ひぃと揺れた肩に手を置く。


「言い出しっぺの未瑠奈が逃げちゃダメでしょー」

「うぅ、ソーシャルバッテリーがもうゼロでして」

「疲れてるのはわかるけど、真面目で重要な話よね。箱の存続にもかかわる」


 コアメンバーは全員プロ意識が高い。ゆえにこそ、仕事に絡めた物言いをすれば引き下がれない。


「……あとで三人用のスクラボつくって、そこで共有するとか」

「忍みたいなこと言わないの。ほら、行くよ」

「あー」


 手を引かれて出ていく未瑠奈に、「あはは」うるはも笑いながら続く。

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