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 客が希望を伝えるのは中流中級まで。

 上流高級な世界ではホスト側が体験を設計し、ゲストはそのとおりに振る舞う。歴史に裏打ちされた格式と数多の顧客から蒸留された本質とを調和させた世界観というものがあり、これに踏襲し、自身も調和してみせることこそ礼儀礼節である。


 が、そんなことは知ったことではない。

 幸いにもそんなティーラーズの要望を叶えてくれる高級ホテルが存在した。仕事部屋を設け、潤沢な回線を備え、食事や洗濯といった生活要素もビジネスライクに合理的に仕上げるという今風のプラン――

 値段も相応で、平凡なビジネスホテルとは桁が二つくらい違うが、ティーラーズには屁でもない。


 昼食はファストフードに慣れ親しんでいる、ということでハンバーガーセットであった。

 素材は各種本家を凌駕しており、スタッフいわく、ハンバーグ一個で万円を超えるという。それは喋りたがりの愛莉でさえ黙食が続くほど美味だった。


 そうして昼休憩と昼飯を過ごし、ぼちぼち食べ終えて弛緩してきたところで、時刻は午後1時13分。


「やっとこの時が来たわね」

「わくわく」

「楽しみだなぁ」


 コアメンバー四人はラージデスクの左辺、ベッド側に集合している。

 丸椅子に腰掛けて机上のマイクライアントと向き合うのが忍で、その左右と後ろを手ぶらの三人が囲む。右側に未瑠奈、左側に愛莉で、後ろから肩越しに覗くのがうるは。


「未瑠奈。悪いけど右側以外に移動してくれるか」

「どうして」

「右手の動きは激しい。その位置だと危ない」

「どういうこと?」

「すぐにわかる」


 未瑠奈はしぶしぶといった面持ちで移動――うるはが少しずれて、右肩から未瑠奈、左肩からうるは、さらに左側で愛莉が座って片肘をついている構図だ。

 非常に窮屈だし、プロジェクターもあるわけだが、三人の目当てはノブのリアルである。離れる選択肢は無い。


 忍は早速クラバーを立ち上げ、個人プレイモードを開く。

 いつもの見慣れたマイクラの初期画面。美しいBGMと風景が緩やかに流れている。


 マイクラのウィンドウを非アクティブにしたまま、フリーハンドでキーボードとマウスの感触感度を調べる忍。次第に慌ただしい摩擦音や打鍵音が混入していく。

 雑なタイピングとカーソリングにすぎないが、


「早っ」

「エグッ」

「すごい……」


 早くも三人の感嘆がハモった。

 未瑠奈に至っては、忍の手元を凝視したまま右手をシュッシュと動かしている。重量を持つ胸を微妙に肩に押し付けているが、本人も周囲も気付いていない。

 もちろん忍は気付いているし、スルーもする。


 もう作業を終えており、ワールドの新規画面を開いている。


「ハードコアエンドラ討伐でいいか? RTAじゃなくてテキトーにくつろぎながらの」

「ネイキッドもつけて」

「ブラインドもつけちゃう?」

「バケツ禁止も、つける?」

「スムーズな展開にしたいし、ネイキッドだけでいいんじゃない?」

「愛莉に賛成だ」


 返答を待たず、ネイキッドのオプションだけをつける忍。

 ただでさえダメージ量が多く、一度死ねば終わりの最高難易度ハードコア装備禁止制約ネイキッド――中々に鬼畜であるが、クラオでもレギュレーションとして存在するものだ。


「行くか」


 カチッと。


 ワールドの創生が始まる。

 パーセンテージが増えていくのも数瞬――スタッと降り立った。




      ◆  ◆  ◆




 初期スポーン地点は平原で、アバターの向きは東――太陽が昇ってくる方向。正面に村が見えている。RTA勢が喜びそうな好立地だ。


 忍の開幕アクションは何だろうか、と未瑠奈も含め全員の視線が画面に集中する。

 画面がブレた。「え? 何?」見えなかったのか、愛莉が早速当惑を吐いている。


「……」


 未瑠奈には見えていた。


 左つまりは北を向く、視点切り替えで前方カメラ視点にする、東に向き直る。

 それだけだ。それだけで360度全方位を視界に収めることができている。ただFPSプレイヤー並に、あるいはそれ以上に方向転換が速いだけで、何ら目新しさは無い。


 村へと向かう忍。仮固定した方向は、俵が視界に入ったことでそちらへと修正された。

 間もなく村に入り、アイアンゴーレムを殴りつつも俵の山に到着。素手で破壊していく。その間もゴーレムが近づいてきているが、俵を障害物にして上手く距離を取っている。0.5秒でも遅れたら殴られるだろう。ハードコアだからワンパンで死ぬ。ギリギリの塩梅だ。なのに安定感があって、上級者の未瑠奈でさえも一切ストレスがない。


 俵を回収した後は、家屋の柱を壊して原木を入手していく。その間、ゴーレムを何回か殴っているが、視点移動が早すぎて、まるでゴーレムが勝手に鳴いているかのようだ。

 そもそもこのタイミングで攻撃する意味はない。お得意のサービス精神だろう。


「あはははっ、こりゃ勝てないねー」

「アタシ、この言葉はあまり使いたくないんだけど、さっきも使っちゃったけど、あえて使うわね――キモすぎてひく」

「ひどい言い草だけど、わかる」


 圧倒的な実力を前にした時、それを神聖視すれば自分の精神を保てる。愛莉とうるはは早速保ちに行ったようだ。


「……」


 未瑠奈は乗らなかった。どころか二人の会話を選択的に遮断するまであった。本人は気付いていないが、目も見開いている。普段の収録でも滅多に見せない、集中の構え。


 原木を手に入れた忍はインベントリ画面を開いて――


「え? TAS?」

「一時停止が欲しいね」


 加工作業クラフトの速さはノブの十八番であり、世界でも他の追従を許さないといわれている。


「すごい……」


 未瑠奈も思わず漏らしてしまう。

 どこか非現実的な高速クラフトは、チートやAIの疑いを未だに生じさせるほどのものだが、手元を見ればわかる。生身の人間による、原始的な操作によるものなのだと。


 作業台が置かれ、木のツルハシがつくられ、ゴーレムと戯れながら家屋の石が壊されていく。

 石製のツールがつくられていく。


 石剣を構えた忍は、ようやくジャンプ攻撃でゴーレムを殺しにかかる。間違っても距離感は誤らない。大量の敵に襲われる襲撃イベントさえノーダメージで達成してしまう忍にとってPvE――ゲーム中の敵との戦闘など散歩でしかない。

 鉄インゴットを入手し、すぐにハサミを二本つくる。いつの間にか赤い花ポピーも捨てている。


「石炭漁るわ」


 そう言いながら、もう北西に向かっている。最初のスキャンであたりをつけていたのだろう。

 ダッシュジャンプで移動しているが、ジャンプ中にホットバー上の配置を切り替えるという芸当もしてみせた。


「ねえナナス、ノブの手元見てみてよ。ジワる」

「寄生虫に寄生されたみたいだね」

「グロいたとえはやめてもろて」


 視点操作が慌ただしくて、マウスをつまんだ右手は小刻みに揺れているように見える。それが突然ヒュッ、ヒュヒュッ、と激しく動き出したりする。

 未瑠奈が想像するゲーマーの手とはかけ離れた、逞しそうな手。それが微生物のように躍動している――


 道中、森と隣接している箇所で立ち止まり、構えたハサミを木々に向けて滑らせた。

 まるでかんなのように、葉を刈り取っていく。

 ブロックはノブの生命線だ。葉ブロックならこうして大量に集められる。


「鉄斧で原木切った方が早くない?」

「無駄なく回収できるならこっちの方が早い」


 かんたんに言ってのける忍だが、葉ブロックの回収は存外面倒くさい。

 木にまとわりつく葉ブロックそれぞれに照準を当てて落とし、さらに回収まで行う、となるとなんだかんだ時間がかかる。しかしノブはそうでもないようで、最短で回収しきっている。中途半端に刈り残しているが、届かない箇所や回収しづらい箇所をスルーしているのだろう。

 あっという間に4スタックの葉ブロック。もう出発しながら視点切り替えを差し込んだが、回収忘れは一個も見当たらなかった。


 目当ての山、というより大きな丘に到着した。所々洞窟のような穴が空いており、ノブは嬉々として潜っていく。「オフハンドは使わないの?」愛莉が尋ねた。

 マイクラのアイテムは右手で使うが、左手側オフハンドにも追加で構えることができる。片手か両手かの違いにも等しいので、使わない選択肢など基本的に無いのだが、


「ああ。ホットバーで切り替えればいいし」

「マウスホイールや多機能ボタンも使ってないよね」

「使ってないからな」

「……」

「……」


 言葉を失う愛莉とうるは。

 去勢でも舐めたプレイでもなく、忍は本当に実用的な意味で要らないと言っている。今も松明を灯しながら探索しているが、相変わらず切り替えが速い。その辺のプレイヤーがオフハンドを右クリックで使う間に、忍はホットバー上の選択とその使用をやってのける。


 純粋に行動が速い。手数が多い。

 まるで根本的な性能が違うかのように。


 未瑠奈は忙しかった。

 一瞬で動作を差し込む忍が何をしているか追いかけるだけでも難しいのに、今は手元も晒されている。まばたきすら惜しいほどの、充実した時間だ。


 脳内もめまぐるしく回転していた。


 何が違うのだ、と。


 未瑠奈はゲームが上手い。子供の頃から自他ともに認めている。

 ティーラーズで言えばマイクラもそうだし、個人チャンネルで行っている音ゲーもそう。


 ゲームとは頭脳労働である。スポーツでたとえられることも多いし、eスポーツと呼ばれたりもするが、未瑠奈に言わせてみれば全く違う。


 頭だ。


 ゲームとは、いかに頭を使うかである。

 頭を使いさえすれば脱力も進み、洗練され、最適化されていく。フィジカルなど要らない。不健康な身体くらいは治すべきだし、スキルの練習や戦略の検討は必要ではあるが、少なくとも筋トレは不要である。


 未瑠奈は実際に結果を出してきたのだ。

 クラオでもネザライトランクに入ったことがあるし、エンドラ討伐RTAでも上位に入ったことがあるし、現在進行で言えば音ゲーで全国ランカーに入っている。マイクラについて過去形なのは、単につぎ込む量の違いでしかない。今はそこまで注ぎ込めるライフスタイルじゃない。それだけのこと。その気になればまた入れるし、もっと突き詰めることもできる。


 そうなのだ。ゲームとは頭脳戦なのだ。

 これは真理である。

 証明もしてきた、はずなのに。


 目の前の怪物は、未瑠奈の捉え方メンタルモデルでは説明がつかない。

 十分に発展した科学技術は魔法のように見えるというが、忍のそれもまさに魔法だった。まるでからくりがわからない。


 意味がわからない。


「――知りたい」


 そう呟く未瑠奈。自分でも呟いたことに気付いていない。

 静かな迫力には吸引力がある。愛莉とうるはは気付き、振り向きもしたが、その横顔は盤面に集中する棋士のごとし。二人は顔を見合わせた後、放置することを決める。


 未瑠奈はただただ没頭していた。

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