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 キックオフにせよ、顔合わせにせよ、このような場では本格的な議論は行われない。

 それでも唯一存在する議題がある。


「毎週金曜日の午前を定例枠とさせていただきます」


 次の会議をいつにするか、だ。

 星野の言い方からして事実上確定したようなものだが、このメンツはデイリー組以外はフルタイムで参画する契約となっておりJSC側も上期分――9月までの費用を受領済。仮に空いてなかったとしても、何とかして確保するしかない。元より立場はマクロソフトが上だ。


「当面の目標は弊社開発チーム向けのプレゼン資料をつくることです。皆様には各自、理想の資料をつくっていただき、定例にて共有と議論をしていきたいと思います。資料共有場所とコミュニケーション用Teamsは後ほど共有させていただきます。資料は弊社が用意するパワポのテンプレートに即してください――以上で、本日の予定はすべて終わりました」

「まだ一時間以上ありますけど……」


 デイリー組の興奮も収まって久しくおとなしかった美咲が、個別ボイチャで独り言ちている。

 長い付き合いではないが、内職に集中する忍に配慮しての、控えめな語りかけだと忍にはわかった。こういう対応の蓄積が信頼関係に響く。美咲は本気で忍に近づこうとしている。


「交流タイムだろ。外資系は仕事をさっさと終わらせて長々と交流したがる」

「ジャパンだからですかね」

「海外もそんなもんだし、海外の方がひどいぞ。GAFAMもハイブリッドワークばかりだろ」


 フルリモートではなくリモートも出社もどちらも課す形態をハイブリッドワークという。週二回出社せよ、など頻度で指定されることが多い。


「ネコゾーさんとしにがおさんに話しかけてもいいですか!?」

「いいけど公私混同はするなよ。JSCの名前を背負っていることは忘れるな」

「はいっ! ……で、忍さんはどうするんです?」

「あいにく俺は交流には興味はない――」


 忍はアバターを操作し、星野が立つ投影ブロックのそばにまで近寄った。


 ちょうど星野によるクロージングが終わったところだ。

 解散しようとアバターを動かし始めたメンバーもいたが、その全てが停止し、忍へと向かう。


「プロジェクトの進め方について提案があります」


 エリアボイチャへの切り替えも一瞬で行っており、美咲は「早っ」と驚きの声を上げたのだが、忍に聞こえることはない。


「……えっと、堀山さん?」


 堀山の困惑にも構わず、忍は投影ブロックを叩くと。

 自分の資料がスクリーンに投影された。


 クラバーのスクリーン機能によるものだ。事前設定された共有スペース内のファイルを表示する機能であり、投映ブロックを叩くことでどのファイルを投映するかを切り替える。先ほどまで星野による説明資料一つだけだったが、ここに忍が勝手にアップしたのだ。


「自由時間ですので、ご歓談しながらで結構です」


 解散後の自由時間中にスクリーンを拝借した、との体裁を強調する忍。

 星野は他の社員二名とアバターでアイコンタクトをしていたが、いったん静観を決め込むらしい。


「結論から言うと、定例会議の全員参加は無しにして、スクラボでアイデアを洗練させていくのはどうか、という提案になります」


 物怖じのもの字も知らない語りっぷりであった。

 アバターの操作も行き届いており、ジャンプで注目を集めたり、メンバーを向いて腕を振ったりしている。


 なぜか目を引く。

 真摯に語りかけられているのだと錯覚する。

 エリア外で仕事し、また通りがかるアバター達も足を止め、視線を向けている――


「細かい説明とサンプルはので、こちらのURLを見てください」


 スクリーンに投映されたリンクは、カーソルを合わせて攻撃することで開ける。

 渋っているメンバーもいる中、美咲やマクロソフト社員、デイリー組の二名あたりは既に繰り出していた。


「星野さんの説明にもあったとおり、クラオのレギュレーションはとてもハイクオリティで洗練されたものです。これをつくる私達に妥協は許されません。だからこそ、まずは徹底的にアイデアを考えたり、事例を調査したり、みなさんのそれらにコメントしあって広げていったり、といった発散的な活動が必要です。発散と収束の、発散ですね」


 忍は知っている。


 顔を突き合わせて話し合うことの浅さを。

 定例という形でペースを縛ることの愚かさを。

 そのような原始的なやり方が向いているのは、そうしなければならない場面に限る――締切が近いとか、リテラシーが無くてツールや方法論が使えないとか、指示と管理だけで済むような作業の世界であるとか。


「皆様は配信者グループ『ティーラーズ』をご存知でしょうか。登録者数3000万人という国内屈指の実績を持つグループですが、仕事のやり方でも注目されてまして、講演やインタビューも多いです。そのティーラーズが重用しているのがスクラボです」


 ノブは知っている。


 スクラボという次世代ウィキの破壊力を。

 これを正しく使えば、原始的な拘束に疲弊することなく、前時代ではたどり着けなかった高みに至れるということを。


「ふぇいんとさんとしにがおさんとの対談記事も読みました。デイリー組では既に企画を貯めるのにスクラボを使っているそうですね」

「そうです。実は今朝もこねこねしてて、ふぇいんとさんと激論交わしてましたよ」


 しにがおのアバター――短パンのわんぱく小僧がビュンビュンと腕を振りながら言う。


「いやコンビニスイーツの話に脱線してたでしょ。会議終わったら買うんだよな?」

「しーっ。今真面目な話してるんだから」


 はははと場の空気が弛緩する。

 忍もお手本のように笑っているし、エリアの外からもいくつか聞こえてくる。


「私もクラオは結構遊んでるので、そのクオリティや世界観もわかっています。だからこそ本気で望みたいです。あえて言わせてください――本気でレースレギュレーションを開拓するために、デイリー組やティーラーズが取り組むモダンなやり方を採用したいです。先ほど星野さんから八月に間に合わせたいとの話もありましたが、無理に間に合わせる必要もないのかなと思ってます。ここはいったん期限を設けず、二ヶ月くらいはスクラボ上でひたすら洗練させていくのはどうでしょうか」


 最も実験を握るマクロソフトのアバター達を見据えつつも、チラリとデイリー組にも寄越す忍。「良いと思います!」「私も賛成です」期待どおり同意も引き出せた。


 忍も配信者だからこそわかる。

 時間は惜しい。拘束は鬱陶しい。非同期的に、各自のペースで進められるならそれに越したことはない。サラリーマンとは理が違うのだ。


「ありがとうございます。あ、もちろん交流が要らないと言っているわけではありません。私もこの後、皆さんとも喋りたいです。交流は、集まりたい人が集まりたい時に自由に開催すればいいと思っています。ギットデブ社という会社が『カフェタイム』という文化を取り入れてるんですが、いつでも誰でも自由に雑談を申し込めるようになってるんです。会社として認められてるんです――」


「定例という形で強制招集するのではなく、各自が各自のペースに合わせて自由に参画できるようにする。でも、スクラボには情報が全部書いてあるから、参加しなくても情報格差は生じない――」


 デイリー組を味方につけたこともあって、エリアの、いや、フロアの空気は忍の独壇場となっていた。

 メンバーも十五人のはずなのに、いつの間にか聴衆はその数倍に膨れ上がってもいる。


「スクラボについてはわたくし堀山と、そちらの宮崎が詳しいので頼ってください」

「えぁ、私もですか!?」

「ネコゾーさんとしにがおさんにも頼っちゃっていいかな、と思ってるんですが、どうでしょう」

「もちろんです。このネコゾーをどんどん使ってやってください」

「お前も働けよ、しにがお!」


 さすがベテラン配信者だけあって、息するように場を和ませている。

 星野らマクロソフト社員から漏れる反応もずいぶんと柔らかくなっていて。


 忍は提案を勝ち取った。

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