第二部 受け入れる忍と、忍ににじり寄る者達

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 初期出現スポーン地点は乾ききっていた。

 見渡す限りの砂、砂、砂――砂漠である。背後には一転して暖色系のグラフィカルな山々が連なっており、荒野メサと呼ばれている。


「やったぁ! また来た!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら腕をぶん回すアバターが一人。ドット絵なのに高貴なドレスと長髪が一目でわかるデザインだ。


「お嬢様。空腹になるのでおやめください」

「うるさいノブ、けちくさいのよ」


 ビュッ、と姫のパンチが跳ぶ――その拳はノブ扮する騎士の頭を的確に打った。何気にジャンプ攻撃クリティカルだし、追撃も来ている。

 ノブは早速逃げ回らねばならなかった。


「ナナス殿からも何か言ってやってください」

「私はお嬢様の幸せが第一でございますれば」

「その姫様の命を預かる騎士がピンチなんですけど」


 ちなみに声質は騎士ノブが渋ボ、執事ナナストロが中性的なイケボであり配役が逆なのだが、本事務所ティーラーズはノブのプレイを魅せるもの。振り回される騎士をノブが演じるのが必然だった。


「待ちなさいよ! あと二発殴らせなさい!」

「リアルな数字はやめろ。それで前回ポシャっただろうが」

「ざぁこ」


 無駄にクオリティの高いメスガキボイスだった。

 ラキの声芸は多彩を極める。事務所の方針で断っているが、声優のオファーも来たことがあるほどだ。バイタリティも高く、ゲームも上手く、コミュ強であり――と配信者は天職だろう。


 それはさておき、この収録は企画『お姫様マイクラ』。

 ある異世界のある王家の第七皇女は呪いを受けており、不定期で空想世界マイクラに飛ばされる――という設定だ。ラキ演じるラキ姫、その身辺を守る騎士ノブ、ナナストロ演じる執事ナナスの三人によって進行するが、ティーラーズの方針に漏れず常時アドリブが展開される。


 エンドラを討伐できれば元の世界に帰れるのだが、


「あそこにウサギがいるわね。焼き兎肉を食べたい気分だわ」


 ラキ姫の動きが少し止まったかと思えば、


>ミッション:5分以内に焼き兎肉を入手せよ。


 唐突にイベントが始まった。

 ラキはゲームマスターでもあり、ノブにミッションを課す権限を持っている。ノブはこれらをクリアしながらエンドラ討伐を目指さねばならず、一度でも失敗するとそこで企画は終了となる。

 いつ、どんなミッションを課すかが面白さの肝であり、ラキは毎度無茶振りにも等しい塩梅を狙う。


 それがたまに暴走してしまい、開始早々から失敗することもあった。

 先のノブの台詞は、まさに前回そうやって体力を減らされまくってすぐ死んでしまった件に言及している。


 ティーラーズはヤラセ無しのスタイルで収録しており、失敗した収録はすべてメンバーシップ限定動画――通称『メン限』とも呼ばれるサブスク契約者向けの動画送りとなる。一度としてやり直しは効かないし、失敗動画が溢れることは沽券にもかかわる。もっと上手くやってくれ、とのノブの悲痛の叫びでもあっただろう。


「普通にエグイですよお嬢様。取り下げてください」


 と言いつつも、早速視点切り替えで全方位を眺めつつもダッシュを始めるノブ。


「一度発動したミッションは取り下げられないわよ。ね、じいや」

「そのとおりでございます」

「ナナス殿も手伝ってください。かまどをお願いします」

「最近腰が痛くてのう……」


 などとほざきつつ平然と砂を採取している執事は、それをすぐ置き直す。

 姫も加わって砂山をつくり始めた。もちろんエンタメを意識した行動なのだが、「いや、マジでこれ、割と厳しいんだが」ノブの苦笑が虚しく響いた。


 それでも彼の手は止まらない。

 西側、砂漠を少し駆けたところで最速でウサギを捉え、殺しつつ、道中の枯れ木を壊して棒を手に入れた後、東へと戻ってメサへ。遠目に見えていた廃坑から木を回収し、石のツルハシまでつくる。さらに石を掘った後、急いでかまどをつくってから生肉と燃料を投入――


「……」


 一連のムーブは、まるでRTAだ。

 現在出番がなくてカメラを飛ばしている麗子は周辺地形を改めて俯瞰するが、ほぼ無駄の無い最適解に思えた。


「凄い……」


 ミュートのため音は入らないし、独り言を呟く必要もないが、それでも漏れてしまう。


 間もなくミッションが完了した。

 もちろん、これで終わりではない。




「ねぇノブ。暇なんだけど。サンドバッグになってくれない?」

「ジャンプしながら斧を振らないでください」

「じゃあ薪でいいわよ」

「二等分は勘弁してください――これをどうぞ」


 ノブが投げたのはサボテン。


「お嬢様はイライラ棒をご存知ですか?」

「知らなーい。相手を怒らせる矢ってこと?」

BOWじゃねえよ」

「ねえよ?」

「何でもありません。イライラ棒はですね――」


 サボテンを配置して通路をつくり、その間をノーダメージで通り抜けるという遊びだ。元ネタは二十五年以上前のテレビ番組だという。

 麗子は偶然知っていたが、ラキやナナスは知らないだろう。


 世代から考えると、やはりノブは三十代なのだろうか。


「何が楽しいのこれ?」

「騒がしいお嬢様にはピッタリかと」

「喧嘩売ってる? おとなしいでしょ」

「おとなしくはねえだろ――ゴホン、よく聞いてくださいお嬢様。これは淑女の嗜みでもあるのですよ」

「どうでもいいわよ。落ちこぼれの第七皇女だし」

「早い話がモテます」

「……本当に?」

「はい。イライラ棒をイライラせずに遊ぶ様は、とても美しいのです」


 息するようにアドリブを繰り広げているが、さっきからノブはサボテンの簡易迷路をスニークも使わず往復している。上級者だからこそわかる、とんでもない操作精度キャラコンだった。


「私も以前、パーティーでお見かけしたことがあるのですが、それはもう美しくて、みとれてしまいました」

「……ふうん」


 設定上はラキ姫は騎士ノブを好いており、好きゆえにイジワルしたくなるという典型的なツンデレだった。「設定だけなのかな」麗子が意味深に呟くが、ミュートのため残ることはない。


「やる気は湧いたわ。もっと大きな迷路がほしいわね」


>ミッション:サボテンを百個集めろ。


 お嬢様ぁ、とノブの情けない声が響く。

 ノブをいじめる展開はノブ虐と呼ばれ、ファンも多い。その割には早速最速で動いているし、サボテンから出るときも一度として食らっていない。台詞と動きの合ってなさはノブの魅力の一つだろう。


 このミッションも無事に――ラキが追加ミッションを課す前に――迅速に終了した。




 夜が近づいている。


「家が無いと眠れないわ」

「無茶言わないでください」


 過激なミッションのため建材を集める余裕なんて明らかにない。加えてノブは建築センスが壊滅的で、豆腐ハウスが出来れば良い方である。


「これでどうか気を鎮めてください」


 ヒュッ、と投げられたのは金のリンゴだ。合間に廃坑のチェストで取っていたのだろう。

 ラキはそれを何食わぬ顔でシャクシャクと食した後、


「パワードレールがいい」


 動きを止めてミッションを発動させる構え――間もなく、


>夜が明けるまでにパワードレールを納品せよ。


 納品ということはラキ本人に渡さねばならない。何気にハードだ。

 が、開始と同時にノブが何かを投げていた。


>ミッション完了!


「うわキモッ」

「お嬢様。汚い言葉遣いはやめましょう」

「なんでパワードレールなんて持ってんのよ!」


 ノブはプレイヤースキル勢であり、建築だけでなく回路や装置の知見もない。レールなど見向きもしないはずだ。


「お嬢様のことなら何でも知っています。パワードレールという横文字に惹かれる厨二病的感性も含めてお見通しですよ。さあ、早く寝ましょう」


 廃坑内、洞窟グモの巣で集めた糸からつくったベッドが三つ並んでいる。

 ラキはどさくさに紛れてノブの分だけ隣り合わせで置いていたが、ノブはわざわざ壊してから等間隔で置き直している。芸が細かい。当然、拾わないラキではなく、


「うわぁぁぁ! ねえ、じい。ノブが私のこと気持ち悪いって言った!」


 ノブは余ったテコラッタで壁を敷き、「あー騒音がないと快適だわー」ラキに呼応している。


「……上手いなぁ」


 相変わらずカメラ越しで見ていた麗子がはぁと嘆息する。


 麗子は隣国の裕福な王女麗子姫を演じており、好きなタイミングで乱入していいことになっている。デフォルトで潤沢なアイテムを持ち、スニークバフ――スニークしたまま作業台やカメラが使えるバフもついている麗子は、ラキ姫らの会話は聞きながらも、離れた場所で準備を進める。乱入したければ特殊アイテム『テレポートステッキ』で近接する、のだが。


「あぁ、配信しないと」


 カメラ機能で覗いてばかりだし、ミュートも続いている。メン限コンテンツとはいえ、麗子の視点も漏れなく動画になるというのに。これでは配信者失格だ。

 不幸中の幸いはカメラコントロールの上手さであり、マクロソフトの公式イベント『マイクラバーサス』の中継担当に抜擢されたこともあるほどだが、麗子はそんなことは望んでいなかった。


 異性とのロールプレイには心惹かれるものがある。

 社長をして過去一と言われるほど陰キャの麗子にとって、その相手はノブしかいない。しかしアドリブ要素の多い企画では、どうしても陽キャのラキに遅れを取る。


「もっと仲良くなりたいなー……」


 陰キャの武器は単独行動だ。

 そうでなくともティーラーズのメンバーである。


 ラキへの羨望は見なかったことにして。

 ミュートも解除して、秒でスイッチを切り替えて。


「ごめんごめん。ついついノブのプレイに魅せられてしまう」


 いつもどおり淡白な女スナイパー中川麗子の仮面を被る。


「砂漠だし、ピラミッド漁ってTNTを集めちゃおっか」


 スニークして早速ステッキを振る。

 ステッキによる近接は直線距離128マス。これだけ離れていれば通常は見つからないはずだが、ノブの目敏さは尋常ではない。スニークバフがつけられたのもノブのせいなのである。


 あの日のことは忘れもしない。

 一時間準備してからの奇襲は、120マスも離れていたのに一瞬で見破られてしまった――。


 MOBが見えなくなる限界距離は130マス程度とされる。

 麗子はカメラを多用しつつ、会話もしっかりと聞きながら半径130マスに入らないよう砂漠を探索し始める。


「ラキ姫ばっかりずるいよね。吹き飛ばしてやる」


「じいやが強い? これで脅せば何とかなるでしょ」


 デフォルト支給品に含まれているネザライトの剣をビュッビュッと振る。


「ノブ様と二人っきりでディープダークデートをするんだ……」


 もう一つの幸いは、麗子姫も騎士ノブを好いているという設定であろう。

 これのおかげで堂々とラキ姫とその執事を殺し、ノブを独占できるというもの。


 ノブを独り占めできる企画はそうそうない。

 麗子はメンタルを取り戻し、最近すっかり板についたヤンデレのロールプレイを交えながらも、着々と準備を進めていった。

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