20
『それでは入賞者から一言いただきましょう! まずは――』
特設ロビーには表彰台――ダイヤブロック3マス、金ブロック2マス、鉄ブロック1マスの簡素なものだ――が設置され、該当するチームメンバーが立っていた。
優勝チームがミュートを解除し、感極まった声でコメントしている。
「……俺の顔に何かついてる?」
「いいえ」
「そろそろ喋らないといけないんだけど」
「先輩が喋るんですよね。どうぞ」
忍はキーボードから手を離しており、二位入賞チームとしてのコメントに備えて画面を見つめている。
その隣に座る美咲はというと、椅子ごと傾けて忍をガン見している格好だった。
『ありがとうございました』
パチパチと拍手の音とともに、画面でも表彰台を囲むアバター達がジャンプとパンチで祝福している。もっとも各々の内心などわからないが、このデフォルメされたドット絵世界は常に穏やかな空気を演出する。
『続きましては2位入賞のチーム13――チーム13の皆さんです!』
司会進行が一瞬詰まったのは、チーム名を提出していないからだろう。
忍はスニークでペコペコしてみせることで自分が喋るのだと示した後、ミュートを解除。
『中継を見ててビックリしました。一度死んでしまった後、コースを再走せず、ネザーのスタート地点から足場を伸ばして一気にゴールまで届かせた機転を見せてくれましたね。運営側としては気付かれないし気付かれても割に合わないと思ってたんですけど、見事裏切ってくれました。いかがでしたか?』
『ありがとうございます。
『見ているこちらがヒヤヒヤしてました。おめでとうございます!』
拍手と祝福が始まったところでミュートを設定。その直後、「先輩」美咲が袖をちょこんとつまんで引いてくる。
「私が泣いてた時の状況を詳しく聞いてもいいですか?」
「別に特別なことはしてないな。美咲の席を拝借してブロックを捨てた後、俺も自殺して戻って、捨てたブロックを回収しつつまたネザーに入って、足場をひたすら繋げただけ」
「半シフト、よく落ちませんでしたね」
ゴール地点までは200ブロック以上離れており、道中の地形も一切無かった。一度でも落ちたらマグマにドボンというシチュエーションだったのだ。
美咲は忍の死亡ログが二回以上出ていないことを覚えている。忍はノーミスで繋ぎきったはずだ。
「変人だからな」
足場を伸ばす際、落ちるギリギリまでスニーク無しで進めば素早く移動できることができる。スニークは落ちる直前に開始すれば良いのである。
言うなればスニークのチキンレース。これを繰り返して足場を伸ばすことを半シフトという。名前はスニークを行うシフトキーを押したり離したりする――半分くらい押している挙動になることから来ている。
「先輩って実は上手いんですか?」
「半シフトなら社内でトップ取れるかもなぁ、競争相手も少なそうだし」
呑気かつ控えめに謙遜する忍だったが、半シフトだけではない。
スニークを一切しない『ノーシフト』の一種――ゴッドブリッジと呼ばれるテクニックも実は使っていた。
さらにその上を行くテリーブリッジはさすがに割愛したが、あえて目立つリスクを負ったのは、半シフトだけでは間に合わないと予測してのことだ。実際、四位までのタイム差は軽微で、半シフトだけでは入賞を逃していただろう。
「半シフトもですけど、足場を繋げに行く発想が痺れました」
「痺れたんだ」
ははは、と軽いノリを期待して忍は笑ったが、
「はい。痺れてました」
美咲の双眸に熱を感じる。なぜかは知らないが、また袖も掴んできた。
受け止めるつもりもないため、多少乱暴に振りほどきつつも、目は合わさない。
三位チームの発言を拾って紛らわせようともしたが、隣から伝わる空気はその程度では壊せそうもない。
「……スクラボにも書いたけど行動、もっと言えば意思決定の早さは大事だ。仕事でもゲームでも変わらないと思う」
「先輩は書くのも速いですし、手を出すのも早いですもんね」
「言い方に含みがあるな」
「揉みましたよね?」
突然のストレートに、忍は「うっ」言葉を詰まらせる。
とりあえず冷や汗をかく演技を始めつつ、次の言葉を待つ。
「勝又に言おうかな」
忍はまだ会ったことも声を聞いたこともないが、美咲の専属執事である。
スクラボではいくつかエピソードと写真を共有してくれている。人見知りでも警戒心を解いてしまいそうな優しい顔立ちと雰囲気だったが、有能なら外面などどうとでもできるし、宮崎家の容赦の無さは忍ですら知っている。
だからこそ社内でも腫れ物になっているわけで。
「穏便に済ませてもらえるとありがたい。正気に返ってもらうために必要だった」
「どうでしたか?」
「……は?」
「こちらを向いて、答えてほしいです」
画面では表彰が終了し、社内のお偉いさんが総評を喋る流れになっている。
忍も画面から目を離し、美咲と向き合った。
「これは私の武器の一つです。今まで手入れを欠かしたことはありません」
ブラウス越しに胸を持ち上げる美咲。
「えっと、何がしたい?」
「揉む前に何を考えました? 揉んだ時にどう思いました?」
美咲の耳が若干赤らんでいる。声と身体に震えや緊張が無いのは教育の賜物だろうが、生理的な反応や生来の気質まで誤魔化すのは難しい。
ずいぶんと踏み込まれているな、と忍は考える。
「……正直に言っていい?」
「もちろんです」
ハンカチを取り出し、出てきた冷や汗を拭う忍。
「スクラボに書く、じゃダメかな」
「ダメです。今言ってください」
痴漢や盗撮の被害は思っている以上に多いとか、性欲の発現パターンは男女で違うとか、自慰行為の目的と使用物も全く違うとかいった猥談はすでにスクラボで行われている。
スクライブボックスはよく設計されたツールだ。
そんなテキストを書き殴れる世界だからこそ、踏み込んだ話も比較的かんたんに行えた。同時に、テキストには
しかし、今は違う。
視覚もあり、聴覚もあり、何なら触覚も使ってしまっている。
忍はハンカチを膝に置き、動揺を表現するかのように手癖をつくる。布をくりくりしている格好だ。
「どうすれば宮崎さんを早く正気に返らせるかが争点だった。言葉だと遅いし、揺すったりしても足りない、かといって殴るわけにもいかないし、別の意味で動揺してダメだと思った。宮崎さんを見てたとき、スタイルの良さを思い出した。スクラボの話も踏まえると、性被害の経験はそれなりにありそうで、なら俺もそうすればフラッシュバックじゃないけど意識を切り替えさせられると思った」
忍の物言いに遠慮は無いし、美咲もまたすぐに噛みつく真似はしない。
スクラボでの率直なやりとりの積み重ねにより、二人の間には既に心理的安全性が存在する。
「揉んだ時の感触は覚えていない。挽回することしか考えてなかったからな」
「やましい気持ちは無かったんですね?」
「ああ。申し訳なさはあったけど」
美咲は微妙に口を尖らせているが、視線を落としている忍には見えてない。
「当たり前です」
「挽回のためとはいえ、悪かった」
忍が頭を下げると、「ようやく出ましたね」美咲は満足そうに頷いた。
「……あぁ。やっぱりとっさには出ないものだな」
「先輩はロボットさんですからね。私で勉強するといいですよ」
信念が強く交友は乏しい忍には謝罪と感謝の機会が少ない。普通なら言うべきタイミングでも忘れてしまうことが多く、それで人間関係がこじれていった経験も一度や二度ではなかった。
スクラボでもネタになっており、美咲の、気合の入った説教コメントは今でも残っているはずだ。
「面目ない」
『ありがとうございました』
『ありがとうございました~』
>ありがとうございました。
>ありがとうござました!!
>近藤晴也がログアウトしました。
>飯塚朝美がログアウトしました。
>星野珠美がログアウトしました。
ちょうど大会も解散となっており、大量の挨拶とログが流れている。
忍は逃げるようにPCに向き直った。
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